Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

2020-12-10から1日間の記事一覧

井岡山へ撤退命令 『偉大なる道』第6巻④ー13

1928年4月、広西軍五個師団が、湖南の革命軍にたいして戦端を開いてきたときには、朱徳軍は約1万の兵力になっていた。しかしそのうち制服を着ていたのは、たった2,3百人で、ほかの大部分は、耒陽の女たちが、大々的に「靴を作る運動」を起こして、綱とわら…

勇気ある農民たちの物語 『偉大なる道』第6巻④ー12

長いあいだ沈黙がつづいた。それからようやく、その思い出をふり切って、朱将軍は耒陽の話にもどり、勇気ある農民のたくさんの物語をしてくれた。農民たちは、これまでの数々の勝利ですっかり自信をつけてしまって、自分たちだけで、国民党の正規軍にぶつか…

農民組織者、呉玉蘭と結婚 『偉大なる道』第6巻④ー11

朱徳は、彼の軍隊に加わるために、ぞくぞくと集ってくる新しい志願兵の処理と、革命を広げるために農村へ送り出されていく農民分遣隊の組織編成の問題で、朝から晩まで多忙をきわめていた。毎日ひらかれる民衆大会で、話をする時間はやっと見つけだしていた。…

革命軍、耒陽ソビエトを建設 『偉大なる道』第6巻④ー10

郴(ちん)県にのこっていた敵の五個中隊は、朱徳軍接近の噂を聞くと、たちまち、逃げ出してしまったので、朱徳は、一発もうたずに県城を占領した。郴県ソビエトは湖南省につくられた2番目のソビエトだった。これにつづいて、県内のすべての村々に村ソビエト…

敵の学生六個中隊への陳毅の説得 『偉大なる道』第6巻④ー9

この計画は、文字通り、そのまま実行され、六個中隊の全員が捕虜になり武装解除された。丘のあいだの窪地につれてこられ、そこで、朱徳と陳毅が、工農革命軍の性格と綱領について説明をおこなった。まるで、友だちとはなしあっているような陳毅の演説は、捕…

敵の学生六個中隊の情報 『偉大なる道』第6巻④ー8

勝ち誇った革命軍は、そこで、宜章に帰って、ソビエトを再建した。他方、朱徳は、軍閥唐生智将軍が11個中隊で守っていた郴(ちん)県の県城へ向かって、2,3百の古参兵をひきいて北進した。その途上で、郴県城内で情勢をかぎつけた一群の農民と出会った。彼ら…

敵の武器で武装する農民たち 『偉大なる道』第6巻④ー7

「『百姓殺し』」自ら、司令官になって指揮していることがわかったとき、農民たちは、棍棒から猟銃にいたるあらゆる武器で武装し、四方八方から、約千人が増援にかけつけてきた。彼らは、『百姓殺し』を生けどりにしたいとのぞんでいた。1週間にわたる戦闘で…

蒋介石軍の許克祥将軍による反撃 『偉大なる道』第6巻④ー6

朱徳軍の宜章占領後、湖南省南部と東部一帯に、革命の炎が燃え上がり、農民たちは土地の分配をはじめた。彼らは、つぎからつぎへと、朱徳の司令部をおとずれ、地主との闘争を援助してくれともとめた。朱徳は、幹部をえらんで農民につけて返すか、援兵として…

湖南省で最初のソビエトを組織 『偉大なる道』第6巻④ー5

夕やみがおとずれたころ、二個中隊の主な指揮官たちは、宜章の支配者たちと宴会で席をならべていた。彼らが食事をし、最上の酒で乾杯をかわしていたとき、二個中隊の兵力はびっくり仰天した民団を包囲していた。民団の処理をおわった二個中隊は宴会場を包囲…

宜章占領のための巧みな戦術 『偉大なる道』第6巻④ー4

城壁をめぐらした小都市宜章に近い宜章区に入ると、すぐ朱徳たちは、農民自衛隊と出会った。この自衛隊は2,3百人の兵力を持ち、18歳の青年、陳コウが指揮をとっていた。彼の話によると、彼の家族は、彼らが働いていた地主に殺されてしまい、生き残ったのは彼…

1927年冬の湖南省南部の農民たち 『偉大なる道』第6巻④ー3

まるで際限もなく沈黙がつづいたように思われたのちに、やっと、扉がすこし開き、そのすきまから老人が頭をのぞかせ、槍や、猟銃や、たぶん分捕り品のピストルや小銃で武装した百姓たちと、ささやきをかわす。老人は、扉を大きくあけて、夜の闇の中へ出てゆ…

湖南省での農民ゲリラの悲劇 『偉大なる道』第6巻④ー2

湖南省は、農民たちが「郷紳」と総称している、中国で最も残忍な幾人かの「虎地主」どもの領地として有名だが、このときすでに、農民の反乱は、湖南じゅうを震撼させていた。必死になった農民たちは、毎晩のように、闇にまぎれて、民団の哨兵をねらいうちに…

広東コミューン結成後の反革命テロ 『偉大なる道』第6巻④ー1

革命軍の分散した部隊が集結し、広東省北部の広東市から2,3日行程のところにあるショウ関市に達したときは、すでに12月半ばになっていた。そのとき、彼らがいた地方一帯には、民団と「軍閥軍」――国民党軍全体とそのほかの反動軍をひっくるめて、朱徳はいつも…

進軍途中で農民蜂起支援 『偉大なる道』第6巻③ー9

朱徳と彼の参謀は、数個中隊をひきいて南へ進軍をつづけた。彼らはまだ古い国民党の旗をかかげていたので、これを見た地主どもは、朱徳の軍隊が農民を鎮圧するためにきてくれたのだと勘違いして、どっと野蛮な歓声をあげてとびだしてきた。 そういう場合には…

桂陽会議後の土地革命の始まり 『偉大なる道』第6巻③ー8

湖南省南部と広東省北部から集まった党代表の桂陽会議は、3日間つづいた。それから代表たちは、12月の半ばに一斉に始まることになった蜂起の準備のため、それぞれの郷里へ帰っていった。会議の最終日、長い列をつくった農民の輸送隊が、范石生の司令部から、…

進軍途中で匪賊との戦闘 『偉大なる道』第6巻③ー7

この進軍についてかたった朱将軍の話は、まるで、不朽の名作『水滸伝』――すなわち血盟の兄弟の物語――の一節を聞いているような感じであった。革命が押しつぶされ、むかしからの抑圧的支配階級が復活し、権力を握ってからというものは、ふたたび国中に匪賊ど…

南昌蜂起のあと井岡山にはいった毛沢東 『偉大なる道』第6巻③ー6

異様なかっこうをしたいくつかの部隊が、歓喜の叫びをあげながら、近づいてきた。彼らは、十分な装備を身につけた約5百人の部隊で、南昌蜂起ののち、秋収蜂起を援助するために、毛沢東が指導して、湖南省へ進出した、漢口守備隊の一部であることがわかった…

第五路軍の范石生将軍からの使者 『偉大なる道』第6巻③ー5

「大余で、われわれは、部隊を5つの分隊に再編成した。この各分隊に一人ずつの政治指導者をつけ、部隊の政治教育と、できるだけ多くの隊員を入党させる義務を負わせた。旧式の軍の指揮系統をやめて、直接指揮の体制にかえた。軍は工農革命軍と改称した。しか…