Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

2020-12-11から1日間の記事一覧

瑞金への進撃後新たな戦闘計画 『偉大なる道』第6巻⑥ー4

中国の旧暦の正月がきた。戸口ごとに、正月を祝う赤い紙がきらめき、料理店や、金持ちの家からは音楽がひびいていた。南江西の瑞金という小さな県城では、ちょうど、江西省軍一個連隊が帰ってきて、「朱毛匪」の大部分を皆殺しにして、敗残兵は福建省境の向…

朱徳の妻呉玉蘭、戦闘中に行方不明 『偉大なる道』第6巻⑥ー3

村に近づくと、紅軍はまず一人か二人の兵士を先行させた。そこで農民たちは、外に出てきて、紅軍のために米を集め、負傷者や疲労した人を引きとって、かくまってくれた。あとに残って農民の世話になるものは、みな、回復してから、農民を組織し、訓練するこ…

大余の町を占領そして退却 『偉大なる道』第6巻⑥ー2

「やつらと話しあったうえで、われわれは、捕虜を釈放した。われわれは、捕虜を訓練する計画をもっていなかったし、なんとかして、彼らによって、警報をひろげさせたかった。われわれは、封鎖部隊に、われわれを追跡させたいと、のぞんでいた。しかし、その…

敵の封鎖を突破して大汾の町を占領 『偉大なる道』第6巻⑥ー1

朱将軍は、彼と毛沢東が、4千人の兵をひきいて敵の封鎖を突破した、この荒涼たる山岳地帯の情景をざっと素描してみせた。山塞からひそかに下界へ通じるこの道を知っているものは、井岡山の匪賊になった農民をのぞいては、だれひとりいなかったし、また、あえ…

彭徳懐の合流と敵の封鎖突破を計画 『偉大なる道』第6巻⑤ー13

「井岡山の基地から、われわれは、敵軍を、見おろすことができた」と朱将軍はかたった。「敵の動きは、全部わかった。やつらが、食事のしたくをするのも、われわれは見張っていた。月がまんまるくなる仲秋節の最期の晩、われわれは、1つの山道のふもとに露営…

反革命側に寝返った范石生将軍への報復 『偉大なる道』第6巻⑤ー12

これとちょうど同じとき、朱徳将軍は、広東省から進撃してきた封鎖部隊を切断する牽制作戦をおこなうために、紅軍三個連隊をひきいて、南部湖南へうってでた。その作戦は、報復と喜劇の2つの要素を含んでいた。旧雲南軍時代の彼の旧友范石生将軍は、今は、友…

彭徳懐、旅団をひきいて反乱 『偉大なる道』第6巻⑤ー11

当時は、大都市の海外の新聞や中国の新聞は、「紅匪の残虐行為」についてのおとぎ話で紙面をうずめていたものであった。蒋介石将軍は、戦闘をまじえていた競争相手の軍閥と、一時的に休戦協定をむすんで、4万の軍隊で井岡山地方を3つの省から包囲し、「紅匪…

紅軍第四軍の採用したゲリラ戦 『偉大なる道』第6巻⑤ー10

「私も、『耳の不自由な老チュウ』の戦術から、たくさんのことを学び取った」と朱徳は笑いながら話した。「国民党軍はみんな、日本軍が常用する戦術をつかってたたかい、いつでも前面と左右両翼に防衛隊を配置して、一縦隊で前進してきた。やつらは、このほ…

井岡山の老チュウの教え 『偉大なる道』第6巻⑤ー9

朱徳はその地方一帯をくまなく踏破して、地形と防御方法を研究し、匪賊になった農民たちの指導者王佐や袁文才とかたりあった。このふたりは自分たちと同じ匪賊のひとりであった「耳の不自由な老チュウ」の話をしてきかせた。この耳の不自由な老チュウはよく…

井岡山を思い出す恋歌 『偉大なる道』第6巻⑤ー8

新しい言葉にかきかえられた、たくさんの民謡の1つ、「3つの偉大な任務」は音楽にあわせた教養問答のようなものだ―― わが紅軍には、3つの偉大な任務あり。 帝国主義と封建勢力をうち倒し、 土地革命を遂行し、 人民の主権をうちたてる。 各人は、必要に応じ…

朱徳が井岡山であつめた歌 『偉大なる道』第6巻⑤ー7

井岡山にいるあいだに、朱将軍は、紅軍がつかっていた歌をあつめ、それをふやすのに一生けんめいになりはじめた。1937年には、これらの歌は、彼の上着のポケットに、さっとすべりこませることができるくらいの大きさの、およそ2百ページの小さな本になってい…

紅軍の生命線、政治部 『偉大なる道』第6巻⑤ー6

彼がいうには、軍の再編成にさいして、朱徳が総司令官に、毛沢東が政治委員に選ばれた。毛沢東は、紅軍と大衆のあらゆる党活動と、部隊内のすべての政治教育工作を指導した。政治部こそ、軍閥への堕落を阻止する「紅軍の生命線」だった。朱徳は、政治部の目…

紅軍第四軍再編成と土地革命 『偉大なる道』第6巻⑤ー5

井岡山会議は、朱軍と毛軍を再編成して、ひとつの軍に統一することを決定した。この統一軍は、紅軍第四軍とよばれた。隊員のなかには、赤地の中央に四つの星と鎚(つち)と鎌をえがいた旗をもつ、旧第四軍の出身者が多かったからだった。この会議は、3つの…

中国革命戦の5つの基本的特質 『偉大なる道』第6巻⑤ー4

「国民党の部隊は、井岡山をめぐる6つの県の主な都市や町を、みな守っていた。われわれは、この地方に到着してから、井岡山を基地としてソビエトを建設し、ここから革命をたえず広い地域へ拡大していく方針を決定した」 この決定は、朱徳軍がこの山岳地帯に…

農民の指導者、王佐と袁文才 『偉大なる道』第6巻⑤ー3

井岡山というのは、まわりが150マイル(240キロ)もある山岳地帯の総称である。いたるところに、松、もみ、竹の大きな森林があり、大きな花をつけたつる草が木々にからみついている。そして、春の花の香りがそよ風にのって、流れてくる。美しい景色にあたり…

朱徳と毛沢東の類似点と違い 『偉大なる道』第6巻⑤ー2

ふたりの風采や気質を見ると、朱徳の方が毛沢東よりはるかに農民的である。ふたりとも、自分たちの出身である農民と同じように率直でむき出しで、かつ現実的である。だが、毛沢東は基本的にはインテリで、彼の一風かわった思弁的精神は、中国革命の理論的諸…

朱徳と毛沢東のはじめての会合 『偉大なる道』第6巻⑤ー1

たたかっては、ひきあげ、たたかっては、ひきあげながら、朱徳軍は東方へ撤退していった。5月の第1週、彼らはレイ県地区に野営して、井岡山へのぼってゆく準備をした。毛沢東とたたかってきた江西省の国民党軍は、そのころ、レイ県の主な役場の所在地を占領…