Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

2020-12-18から1日間の記事一覧

盧溝橋事件から日本軍の上海、南京占領 『偉大なる道』第10巻②ー1

日本帝国主義は1937年7月7日、北京付近で二十九路軍を攻撃し、前から計画していた中国征服を開始したが、統一戦線は、このときまだかたまっていなかったし、蒋介石も戦う決心をしていなかった。しかし、特別行政辺区、または延安辺区は、ただちに戦争体制に…

人びとの協力で小都市に発展した延安 『偉大なる道』第10巻①ー8

延安は、もともと小さな町で、これほど大勢の人間は収容しきれなかった。住居の不足を解決するため、谷に沿った黄土の崖に洞窟を掘りはじめた。これまで肉体労働をやったことのない学生たちが、つるはしやシャベルを取り、兵隊と協力して、この地域全体を洞…

抗日民族統一戦線のための紅軍兵士の再訓練 『偉大なる道』第10巻①ー7

私は、その後朱将軍に、紅軍の兵隊は統一戦線をどう思っているでしょうかとたずねたことがあるが、彼はとても率直に答えてくれた。 「わが軍の兵隊は、労働者と農民だ。彼らは知識人や文化人ではない。そのイデオロギーは、紅軍イデオロギーだ。農民や労働者…

国民党軍事使節団、紅軍を観察するため延安到着 『偉大なる道』第10巻①ー6

こうした国民党の策動について私と話をしていたとき、朱将軍ははっきりいった。 「もし国民党の提案を承認したなら、わが軍はつぶされただろうし、日本に対する抵抗は問題にならなかっただろう。蒋と彼の一派は、日本と戦うことなど本気で望んでいない。だが…

統一戦線にむけて共産党と国民党との間の駆け引き 『偉大なる道』第10巻①ー5

朱将軍、毛沢東と彼らの幕僚たちは、延安でほとんど絶え間なしに会議をひらいた。1937年2月、周恩来を長とする共産党代表団が南京に出むいていたときだが、朱と毛は、それぞれ共産党と紅軍を代表して、南京で開会中の国民党の国民党中央委員会に長文の電報を…

蒋介石釈放と民族統一戦線結成の闘争開始 『偉大なる道』第10巻①ー4

蒋が釈放されたのは、日本帝国主義にたいして中国の救国に努力することを誓ったからであった。 12月25日、青年元帥は自分の「誠実」を証明するため、蒋を釈放し、同じ飛行機で南京に飛んだ。青年元帥は、そこで裁判にかけられ、禁錮の判決を下されたが、すぐ…

蒋介石抑留の全世界への波紋 『偉大なる道』第10巻①ー3

「西安事変」の詳細はまだまとめられていないし、後に蒋介石夫妻の名で刊行された本(蒋介石夫妻著『西安回顧録』上海1937年刊)も事実をかたっていない。否定してはいるが、蒋は内戦の停止――西安事変によってすでに実現していた――と、抗日民族統一戦線の結…

1936年12月11日明け方におこった西安事件 『偉大なる道』第10巻①ー2

そこで、12月11日の明け方、張学良の部隊は行動をおこした。蒋が連れて来た秘密警察と国民党のそれぞれの本拠地と、蒋が任命した陝西省政府主席邵力子の邸宅をおそって、全員を逮捕した。蒋の参謀たちの泊まっている西安招待所をおそった一団は、将校たちを…

蒋介石、軍事会議をひらくために西安に到着 『偉大なる道』第10巻①ー1

憂愁は春日をおおい、 太行の嶺はけわしくそびえる。 忠誠な心は峻険にあって涙せず、 強い意思は北征を求める。 億万の新軍は敵をおびやかし、 旧き山西は多くの英雄をつくる。 激戦に従うこと三歳、 倭魔撃滅のため乾杯する。 朱徳 蒋介石と彼の幕僚は、軍…

『偉大なる道』第9巻「長征」を読んで 

この本を読むまでは、長征については内容的にはほとんど知らなかったので、ただ驚くばかり。それも侵略してくる日本軍と闘うために、兵力を温存して統一戦線の結成をよびかけるためだったとわかるとなおさら。ことはすべて計画的におこなわれた。 長征につい…