Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

2020-12-19から1日間の記事一覧

実践的クリスチャンのような生き様の朱徳 『偉大なる道』第10巻②ー12

「閻錫山が、八路軍を山西省によび入れたのは、そうすることで日本軍の進入をずっと抑えていけると思っていたからであり、また八路軍も彼と同様かそれ以上に、南京に対してあいまいな立場を続けるだろうし、日本が潰滅した後の善後策としては、閻が分けてや…

キリスト教の普及活動VS紅軍 『偉大なる道』第10巻②ー11

「ところであなたは洪洞の外国人宣教師から贈られた新約聖書を読むおつもりですか」と私はぶしつけにたずねてみた。実際、ある年配の外国人宣教師が彼に中国語訳の新約聖書をおくり、朱将軍はお返しに『ファシズムとは何か』を一部贈呈していた。 「私は何で…

日本軍の敵は国民党軍ではなくて紅軍 『偉大なる道』第10巻②ー10

どろどろの雪どけの中を行軍し、民衆大会や共産党分会などで演説したりしながら、朱将軍はついに部隊を山西省南部の洪洞地方に誘導し、ここで一部は休息と学習につとめ、一部は日本が占拠した太原府の西方地区に進出した。まもなく朱将軍の司令部のまわりの…

日本人捕虜の扱いに対する命令書発令 『偉大なる道』第10巻②ー9

朱将軍は、彭徳懐との連名で発令したばかりの、八路軍全軍に対する命令書の写しもくれた。それは次のとおりだった。 「日本兵士は日本の勤労大衆の子弟である。彼らは日本の軍閥と財閥の欺瞞と強制のもとに、われわれと戦うことを強いられている。したがって…

日本人捕虜の話し 『偉大なる道』第10巻②ー8

ある町での出来事であるが、民衆大会でふたりの日本人捕虜に話をさせようとしたら、ものすごい騒動になって、「鬼を殺せ!」という殺気立った叫びがあがった。八路軍の代表者たちは群衆をしずめようと必死になっていた。そこへ「朱徳だ、朱徳だ」という声が…

日本軍、太原府に進撃 『偉大なる道』第10巻②ー7

もっとも、日本兵の死体のポケットからこんなビラが発見される以前から、八路軍政治部は敵に対する宣伝工作をやっていた。しかし「対敵工作部」はここにいたって一段と工作を進め、部隊に日本語を教えるように命令された――この活動は最後には、八路軍と新四…

降伏しない日本兵 『偉大なる道』第10巻②ー6

朱と彭は、林彪の師団が平荊関で日本の一個旅団を全滅させた話をしてくれた。そしてその他の戦闘でも、日本人は負傷した場合でなければ、ぜったい降伏しないという話もした。負傷者さえ、死んだふりをしているということだった。八路軍の担架兵が、彼らの上…

必要なのは大衆動員と大衆訓練と国民党軍の改革 『偉大なる道』第10巻②ー5

話の途中に彭徳懐が入ってきた。普段は厳格でしぶい人だが、敵の背後の広大な地域でおこった数々の小さな勝利を報告する彼は、実に楽しそうであった。朱将軍は、色あせた赤い星のついたみすぼらしい軍帽を、刈りたての頭の後の方へずらしたまま、目を細めて…

八路軍の戦略、持久戦から敵の戦闘力と補給の消耗 『偉大なる道』第10巻②ー4

五台山の朱将軍の司令部は、以前は地主の邸宅だった大きな白い建物だった。私(スメドレー)が二人の中国人新聞記者といっしょにそこを訪ねると、彼は腰掛けにすわって散髪してもらっているところであった。手を振って大きな声で「ようこられた」といった。散…

日本軍に対する八路軍の戦略と戦術 『偉大なる道』第10巻②ー3

私(スメドレー)が1937年10月末に五台山の朱徳将軍の司令部に着いた当時、日本軍は二方面から――山岳地帯を越えて北方と、石家荘から深い渓谷をぬって太原府に通ずる鉄道支線に沿う東方から、省都太原府にせまっていた。国民党と省の軍隊は、北の戦線で日本…

南京事件と国民党の思惑 『偉大なる道』第10巻②ー2

私(スメドレー)は、八路軍が前線に出発してから1ヵ月後に、五台山で、朱徳将軍の司令部に加わった。山西省の東北部にある五台山は、当時日本軍の後方になっていた。9月25日と26日の両日、林彪の指揮する第115師団は長城の平荊関で日本軍と戦って、中国最初…