Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

2020-12-24から1日間の記事一覧

朱徳と彭徳懐、武装解除の決定権をめぐり蒋介石に抗議 『偉大なる道』第12巻②ー6

8月12日には、8万の国民党部隊を解放区の戦闘位置に輸送するため、アメリカの輸送機や船舶が集められているという報告が延安に入った。最初に輸送される部隊はアメリカ将校に訓練された米式装備の新しい国民党軍だろう、ということもつたえられた。 この同じ…

朱徳、日本軍と傀儡軍への武装解除を命令 『偉大なる道』第12巻②ー5

8月10日夜の12時、朱将軍はその後の歴史の流れを変えた七つの命令の最初の分を発令した。 第一命令は、八路軍と新四軍の全部隊と、解放区の全抗日兵力にむかって、都市や交通路線に駐屯する近辺の日本軍と傀儡軍部隊に対し、一定時間内にあらゆる武器の引き…

蒋介石、共産軍への攻撃やめず 『偉大なる道』第12巻②ー4

朱徳将軍のデスクに緊急暗号電報の警報がとどいた――重慶の国民党高官が、日本軍は好都合な時期に降伏してくれた、と言明したというのである。 その高官がいうには、「降伏が2ヵ月おそかったならば、われわれは日本軍に対する反撃を開始し、レンド・リース物…

日本の降伏条件をめぐる緊迫した動き 『偉大なる道』第12巻②ー3

8月10日、日本が天皇の「特権」保持を条件に降伏を申し入れたという知らせが、電撃のように全中国につたわると、歓喜の中にも驚愕の感情がまじっていた。愛国的新聞は、日本の無条件降伏がポツダム宣言の建前であると抗議し、また日本の申し入れは日本軍閥の…

蒋介石の米ソ戦への思惑 『偉大なる道』第12巻②ー2

クリスチャン将軍馮玉祥がそれから2年後の米国滞在中に話したことだが、蒋介石は馮やその他の国民党要人たちの前で、アメリカを日本と戦うように仕向けたのは自分だから、今度はソビエトと戦わせることができる、と自慢したという。蒋介石はまた、中日戦争は…

広島長崎への原子爆弾投下とソ連参戦 『偉大なる道』第12巻②ー1

日本の太平洋防御陣がアメリカ海軍のせん滅的な強打の下に消滅した運命的な1945年8月、その最初の日に、朱将軍は、日本が中国の内戦をあおり――しかも国民党の強い支持を得て――、連合国の間の不一致をかきたてることによって、自己の悲運を回避しようとしてい…

日本軍の撤退とポツダム宣言 『偉大なる道』第12巻①ー7

重慶最高司令部は、この時になっても、レンド・リース物資を満載した数百台の軍用トラックを、抗日戦のためではなく、延安辺区を封鎖する国民党軍にむけて送り出していた。 同じくこの6月には、華南の日本軍部隊が、途中掠奪したり殺したりしながら、だんだ…

国内の軍事改革についての朱徳の抱負 『偉大なる道』第12巻①ー6

朱将軍はまた、国内の軍事改革について抱負をのべた。国民党の最高司令部の代わりに、孫逸仙の考えたような統一最高司令部を設置することや、敗北主義者と親日分子を全部やめさせること、また抗日戦と人民の利益に反する反大衆的な悪いしきたりを廃止するこ…

朱徳による抗日戦争8年の報告 『偉大なる道』第12巻①ー5

この大会で党の中央委員に選ばれた朱徳将軍は、抗日戦争8年のことをまとめて報告した。彼は戦争の各段階を分析して、第一段階では国民党軍の一部も勇敢に戦っていたことを指摘した。ところが政府は「反大衆的な政治体制」に固執したため、ひろく分散した日本…