Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

2020-12-26から1日間の記事一覧

中国人民の偉大な解放闘争を象徴する朱徳の人生 『偉大なる道』第12巻⑤ー7

四川省の貧農の子、朱徳将軍はいま六十歳になった。11月30日、戦闘のまっ最中に、華北の人民と部隊は、彼を祝福して愛情と激励の言葉をおくった。はるかな満州の戦地から、林彪の幕僚が打電してきた。 「貴下の六十歳の誕生日を祝うため、われわれはひとつの…

中国を対ソ攻撃の戦場にするアメリカの政策について 『偉大なる道』第12巻⑤ー6

マーシャル将軍がアメリカへ帰って報告書を出したのは、それから6ヵ月後だったが、彼は内戦について国共双方を非難しながらも、誠実に次のようにのべていた。 「国民党反動グループは、彼らの封建的な中国支配の存続に熱心であり、……彼らが何をしてもアメリ…

重慶協定破綻後の民主勢力のたたかい 『偉大なる道』第12巻⑤ー5

4月になって、重慶協定が破綻したことがはっきりしたので、これに参加した共産党側の指導者11人が、飛行機で延安に向けて重慶を去った。この飛行機は途中で墜落して、乗っていた全員が死亡した。操縦者と乗務員はアメリカ人だったが、そんな小さなことは国民…

国民党地域での秘密警察によるテロの時代 『偉大なる道』第12巻⑤ー4

蒋介石はこの当時「3ヵ月準備して、あと3ヵ月で共産主義者を絶滅する」と豪語したと伝えられる。 朱徳将軍が、この陰謀の詳細を知っていたことは、五四運動記念日の民衆大会での彼の演説で明らかであって、彼はそこで、重慶協定はこの陰謀のためぶちこわされ…

国民党、共産主義者の掃討計画を着手 『偉大なる道』第12巻⑤ー3

3月4日、マーシャル将軍が延安をたずねた。朱将軍はその歓迎民衆大会で、マーシャル将軍が3ヵ月足らずのあいだに中国の内戦をとめ、軍の再編成計画をたて、民主主義と平和への第一歩を成就した功績をたたえた。そして人民解放軍は停戦条項とマーシャルの設置…

軍備を縮小し産業を発展させる近代国家を希求 『偉大なる道』第12巻⑤ー2

朱将軍はとても熱心に重慶会談のことを話した。「日本がやぶれ、ロシアは問題ではなく、内戦の危機も明白に去った」とすれば、次に必要なことは軍隊を国でまかなえる程度まで縮小し再編成することだ、と彼は考えた。国民党軍90師団、共産軍20師団という協定…

統一と自由と民主主義のために戦った生涯 『偉大なる道』第12巻⑤ー1

1月に、朱将軍は外国人記者ジョン・ロデリックと会談したが、彼は朱将軍のことを「注意深い聴き手」で、「旧世界的な作法」をもった人であり、すすめられる煙草をとるまえなどには両手を胸のあたりでにぎりあわせて、軽く頭をさげると書いた。ロデリックの話…

民主連合政府を樹立する重慶協定調印 『偉大なる道』第12巻④ー6

1946年1月末、国民党、共産党、民主同盟の代表と政党外の代表は、民主連合政府を樹立する歴史的な重慶協定に、厳粛に調印した。委員会はすぐ新しい民主憲法の起草に着手し、これは総選挙のあとに新たな中華民主共和国の国会で討議し採決されるはずであった。…

トルーマン大統領の声明がもたらした影響 『偉大なる道』第12巻④ー5

朱将軍がこうした考え方をしていた当時、中国の情勢がまた急に変わった。1945年12月15日にトルーマン大統領は声明を発表して、アメリカ政府は、「中国の国民政府が一党専制の政府」だということを認めること、そして政治的統一は中国人自身によってのみつく…

東北をめぐる国民党との確執 『偉大なる道』第12巻④ー4

中国共産主義者は、国民党が満州で活動することや、役人を送りこんで中ソ友好同盟条約にしたがって平和にその義務を実行することに反対ではない、とも彼は言明した。 「だが、次のことだけははっきりといっておかなければならない」と彼はつけ加えた。「中国…

ソ連との関係のむずかしさ 『偉大なる道』第12巻④ー3

毛沢東は、10月に重慶から戻ってきたあと、ひどく心臓を病んでいたので、会見できなかったが、朱将軍は率直に会談した。 その当時、共産主義者の本拠地延安は、引越し最中であった。戦争が終わったとき、八路軍部隊は、工業都市の張家口から日本軍を追い出し…

作戦基地だった満州をめぐる米ソの思惑 『偉大なる道』第12巻④ー2

アメリカは、ロシアが、撤兵前に満州の産業機械を奪い去ったことを強く攻撃した。若干の非難が事実にもとづいていたことは疑いないが、剥奪の理由が十分に説明されたことはない。私は事実は次のようなものだろうと考えている。 たしかにロシアは、日本が過去…

満州占領を完了したソビエト赤軍の動向 『偉大なる道』第12巻④ー1

10月、11月がすぎると、全華北は革命兵力と反革命兵力のあいだの闘争場になった。アメリカと日本と兵隊は、共産軍に挑戦する国民党軍や傀儡軍が使用できるように、共同で鉄道を警備した。国民党軍の使用にあてるアメリカの飛行機やレンド・リース物資が、上…

アメリカへの憎悪、アメリカ人との友情 『偉大なる道』第12巻③ー8

1945年末、青島の高等学校教師フェイ・シィァオ・チンが思想と所属政党に関する質問に回答をこばみ、銃殺された事件があって、大衆の怒りが高潮したことがあったが、彼に質問したのは日帝協力軍の指揮官だった例の反逆者の市長であった。 昆明の学生殺害事件…

米軍の目に余る不法行為に高まる憎悪 『偉大なる道』第12巻③ー7

そのころ上海の2,3の勇敢な新聞が「米軍暴虐のページ」という特集のページをもうけたが、月日がたつにつれて、この特集はアメリカ軍の不法行為に関する報道や投書でいっぱいになった。あるアメリカの提督は、婦女子の暴行や男子の殴打殺害に抗議しにいった上…

朱徳、アメリカの露骨な内政干渉に抗議 『偉大なる道』第12巻③ー6

重慶協定が調印される5日前の10月5日、朱将軍はまたも国際外交の舞台に登場して、アメリカの内政干渉に対して、重慶の米軍事当局に断乎たる抗議をたたきつけた。 それは、八路軍が早くも8月2日に日本軍から解放していた芝フに、アメリカ軍がやみ撃ちをしかけ…

朱徳、マッカーサーの日本人戦争犯罪者名簿に抗議 『偉大なる道』第12巻③ー5

朱将軍はそれから数日後に、また文章を発表して、こんどはマッカーサー将軍が東京で発表した日本人戦争犯罪者の名簿に抗議した。この名簿には38人しかのっておらず――真珠湾攻撃当時の閣僚と、フィリピン、ビルマ、そしてオランダ領東インドの残虐行為の責任…

朱徳、解放区を襲撃する反逆者たちを非難 『偉大なる道』第12巻③ー4

重慶でのこの交渉がつづいているあいだ、朱徳将軍は相変わらず延安で、こつこつ熱心に努めていた。連合軍の勝利を祝う9月5日の民衆大会で、民主的な中国だけが国民を統一することができること、そして民主主義の実践と生産活動の点で、解放区が全国の手本に…