Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第三巻(改編)

雲南軍と朱徳の名声 『偉大なる道』第3巻①ー13

諸戦の3日間のあとの再編成の期間に、朱将軍は揚子江以南の全地域を確保せよとの命令をうけ、のこりの護国軍は大江をわたって、北岸の敵の本拠地に攻撃を加えることになった。袁世凱軍の一部はもはや動揺しはじめていたが、その中には、のちに「クリスチャン…

朱徳、准将に昇進 『偉大なる道』第3巻①ー12

「われわれは、この反帝制戦争のときに、はじめて農民のあいだに民衆工作をおこなった」と朱将軍はいった。「農民たちは、哥老会にひきいられて、武装してたちあがり、敵の輸送線を攻撃し、われわれに糧食弾薬をはこんできてくれた。舟乗りたちは、われわれ…

袁世凱打倒をめざし護国軍蜂起 『偉大なる道』第3巻①ー11

朱徳が若い妻の顔を見るのは、夜もおそく、参謀会議をおえてからか、四川遠征に加わる彼の第十連隊の準備を大急ぎでおえて帰ってからだった。雲南府にきてから3日目の夜明けには、護国軍の八個連隊は、南四川に向かって行進していた。彼の第十連隊は、国境…

蔡鍔の再起と護国軍 『偉大なる道』第3巻①ー10

「死にかけてはいたが、精神は昔ながらに剣のようにするどくはたらいた。われわれがすわると、彼は全国各地での蜂起計画について説明したが、雲南は、他の諸省で共和派の軍が組織されるまでの重荷をになう必要があるとつけ加えた。3日後には、袁の最強の軍の…

蔡鍔の指令 『偉大なる道』第3巻①ー9

指令とは、蔡鍔は12月25日の明け方に、雲南府地域の諸軍を反乱させ、共和制への忠誠の誓いを立て、国民が蜂起して袁世凱を打倒するように呼びかける、ということで、蒙自その他の主要都市の共和派も同時に同一行動にでよという内容だった。蒙自の部隊は汽車…

梁啓超と蔡鍔の北京脱出 『偉大なる道』第3巻①ー8

蔡の北京脱出は、この上ないぐらい劇的だった。2年間、昼となく夜となくつけまわした袁の秘密警察をまいて、天津にのがれ、日本行きの船に乗った。日本で亡命していた国民党の指導者たちと相談したうえ、インドシナに渡り、さらにフランス鉄路によってひそか…

日本の21カ条要求 『偉大なる道』第3巻①ー7

気がめいる単調な生活をまぎらそうとして、ときどき、蒙自で出会ったフランスの実業家を訪問したが、彼はフランスの生活や制度についての質問によろこんで答え、ヴォルテールの本も紹介してくれた。朱徳は、何人かの若い共和派士官たちと話し相手になること…

蔡鍔、北京に向かう決意 『偉大なる道』第3巻①ー6

朱将軍がいうには、雲南は国政の舞台からかなりかけはなれていたので、やっと1913年の12月になって、ある人物が袁にむかって、まだ雲南には蔡鍔(さいがく)という「危険な傑物」が野放しになっているが、ああいう人望が厚く、術策にたけた人間は、北京に置…

善後借款締結への抗議行動 『偉大なる道』第3巻①ー5

孫逸仙博士は、借款契約の実行を阻止するための必死のこころみとして、ロンドンの借款団総裁に訴え、もし銀行家たちが強行するならば、流血を見るだろうと警告した。孫博士は、彼らからあたかも存在しないかのように無視されたが、たしかに、このむごい劇の…

宋教仁、国民党結成 『偉大なる道』第3巻①ー4

1912年の秋、有名な革命指導者宋教仁は、共和制を防衛する目的で、あらゆる革命団体をひとつにまとめて、新しい統合政党として、国民党を組織した。雲南で旧同盟会からその新組織に率先して移っていった人びとのなかに、朱徳はいた。国民党員は前年とかわら…

袁世凱による共和派へのテロ 『偉大なる道』第3巻①ー3

軍官学校が再開されると、彼は、諸省からの多数の候補生と親しく交わることになったが、彼らの多くは、前年の革命に参加するために学校を去って出身省に帰っていた青年たちだった。あるものは遠く上海や広東まで帰っていた。学業を修了するために学校に戻っ…

師範学校の生徒と最初の結婚 『偉大なる道』第3巻①ー2

省の行政は改革され簡素化され、新しい政治学校の若い卒業生たちが、まもなく、まだ残っていた老朽腐敗した官吏たちの地位にとってかわるだろう。新しい学校がひらかれ、新しい工場が建てられ、近代的な道路や建築物があらわれた。新しい師範学校では男女の…

昇進と受勲 『偉大なる道』第3巻①ー1

困憊(こんぱい)し混乱したひとつの軍が、1912年3月四川を去って、雲南の本拠地に帰るために南に向かっていた。その道を、4ヵ月前は途方もなく大きな希望をいだいて歩いてきたものだった。 雲南軍の四川人部隊中の二個大隊は、四川にとどまることになった。…