Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第二巻(改編)

老いた養父との別れ 『偉大なる道』第2巻②ー9

「養父はとても親切な人で、理解できないようなことにも、すすんできき入ろうとした。そのこと自体が私を苦しくして、私は、その夜は一睡もせず、ひとりきりの部屋で横になったまま、自分の今までの生活をふりかえった。自分は孝行という古来の道徳にそむい…

家族への告白 『偉大なる道』第2巻②ー8

2,3日を養父の家ですごしたのちに、朱徳は、祖先伝来の家に実父母と祖父母をたずね、それからまたほかの親戚をたずねた。どこへ行っても同じようにもてなされたが、たずねたその日がすぎると、自分は厄介者にされていて、みなは自分が出てゆくのを待っている…

家族の貧窮 『偉大なる道』第2巻②ー7

朱徳が留守にした2年間に、家はますます貧しくなっていた。外面からはそれほどはっきりわからなかったが、よく見れば隠しようもなかった。衣服は、彼の帰郷を迎えるために、洗ってかがってあったが、ぼろぼろで色もあせていて、もう何年も着ふるされたものだ…

帰郷と家族との再会 『偉大なる道』第2巻②ー6

2年間も家をはなれていたので、朱徳は、自分がいかに新中国的な存在になり、家族がいかに旧時代のままに取り残されているかということに気がつかなかった。大湾に向けて歩いて帰るとき、彼は、家のものは彼が成都の学校のことで嘘をついたことを了解してくれ…

成都の高等師範体育科卒業 『偉大なる道』第2巻②ー5

朱将軍によれば、都市がこのように繁栄した一方では、地方は相変わらず昔ながらの暗い生活をおくり、改革の諸施設のための税金の重荷でよろめいていた。郷紳階級はどこまでも怠惰で、進歩に反対していたが、いまやいっそう貪欲になって、官位職権を買って、…

高等師範での一年 『偉大なる道』第2巻②ー4

成都には、いくつかのキリスト教のミッションスクールがあったが、朱徳と学友たちはそこの学生を「洋夷の奴隷」とさげすんでいた。そこの学生たちは、孤立したせまい世界に生きていて、国事には関心をもたないで、自分の霊魂や来世のことをもっぱら気にかけ…

立憲君主派と共和派の教師たち 『偉大なる道』第2巻②ー3

朱徳はまじめな学生だったが、そのうち、自分の学業課程よりも国事について熱心になった。しかし、猛勉強はつづけていて、とくに、偽弁髪の教師たちが自分の講義を活気づけながら、「自由平等」や「旧制」の非について宣伝することに耳をかたむけた。だが、…

成都の高等師範学校体育科入学 『偉大なる道』第2巻②ー2

あくる日、つまり儀隴県をたって6日目に、彼は、約千名の学生がいる高等師範学校の体育科の入学手続きをした。最初に気づいたことは、偽の弁髪を椀型帽子にさしこんでいる教師がいることだった。彼らは、日本留学中に弁髪を切ってしまっていたので、帰国して…

成都の繁栄 『偉大なる道』第2巻②ー1

成都への道をひたすら急ぎながら、朱徳は心の中で叫んだ――地上に四川ほど美しいところがあるだろうか、こんなに堂々たる山、とうとうと流れる河、なんと豊満で香ばしい果物や花々だろうか。紅葉に燃える谷間や山腹に近道をとりながら、夜明け前に起きて、昔…

科挙合格 『偉大なる道』第2巻①ー9

そのとき、彼はひとりの若い男を見つけた。おさないころに丁家の土地でいっしょに遊んだ農家の子どもだった。この人びとの悲運はひとごとではないと、ひしと身に迫ってくる思いがした。この若者は年期契約をしてここで働き、肺病でじりじりと死にかけていた…

旧社会にたいする嫌悪 『偉大なる道』第2巻①ー8

彼は、清朝の下で役人になるということを嫌悪した。というのは、たとえこの地方試験に合格し、さらに省の試験にも合格したとしても、朱家には、彼のために官吏の地位を買うだけの金がない。金を出さなければ、だれであろうと官吏の地位につくことはできない…

成都の官立高等師範学校 『偉大なる道』第2巻①ー7

休日には、朱徳は、あちこち歩きまわって、受験生たちと交わり、日本への留学とか成都高等師範進学などの計画をもつものに敬意を表しながら、その話をきいた。不思議にも、すでに1年間日本に留学したという男のことを思い出す。なんでも、その男が日本から…

科挙受験 『偉大なる道』第2巻①ー6

1学年が終わると、朱徳は、老先生のもとにもどり、そこで先生の息子といっしょに科挙に備えて古典の猛勉強をして夏をすごした。1906年の8月の末に、彼と老先生の息子は、県の試験を受ける年長者たちといっしょに大湾を出発して、儀隴県に向かった。儀隴県は…

順慶の新学校に入学 『偉大なる道』第2巻①ー5

新学校に到着と同時に、自分で考え出した「書名」、朱・チェン・徳という名で手続きをした。当時の中国人はたびたび名を変えることがあり、これは彼の2回目の「書名」だった。さてそのとき、指導教官のおそろしい宣告があった。科挙の準備をするものは、新学…

教育改革と新学校(1905年) 『偉大なる道』第2巻①ー4

1905年に教育改革のことが公布された直後に、朱徳は、帰宅して、さほど遠くない順慶に開設された新学校に入って学ぶことを許してほしいとせがんだ。家族のものは、金がないといった。彼は、その学校は官立だから一切が無料で、少しばかりの小遣銭があればい…

同盟会結成と鉄道陰謀 『偉大なる道』第2巻①ー3

1905年には、孫博士は、いまなお巨額の賞金を首にかけられた亡命者として日本にいた。そして、日本で「同盟会」という秘密革命結社をつくり、武力をもって清朝を打倒し、西洋式の共和制を中国に樹立することをちかった。日本に留学中の多くの学生が、それに…

日露戦争の影響 『偉大なる道』第2巻①ー2

日本の勝利の知らせが四川の村々に達するには、数週間かかった。 朱徳がいうには、この戦後から日本の勢力が急速に中国にしみわたってきた。日本人の顧問が、政府の各部門、産業、いろいろな種類の学校、大学に入ってくるようになった。「日本人の教師が、私…

1904年から1905年 『偉大なる道』第2巻①ー1

朱将軍は、つぎに談話をしにきたとき、義和団の乱につづく民衆の苦難についてながながと物語った。広西省では大飢饉になった。政府軍は、飢えて反乱する人民を殺し、村を打ちこわし、遺棄された死体の山は犬がむさぼるままにさせられた。 多くの省で、年1回…