Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第六感(改編)

共産党や土地革命にのこる封建主義の残滓 『偉大なる道』第6巻⑥ー11

遠くすぎ去った時代を回想しながら、朱徳将軍は、反革命勢力と帝国主義諸勢力とのあいだに、衝突や矛盾があったと同時に、革命勢力のあいだにも、かんたんに解決できない問題がひそんでいたことをみとめた。たとえば、――と、彼はかたった――朱徳と彼の同志た…

中国の支配階級と帝国主義国との衝突と矛盾 『偉大なる道』第6巻⑥ー10

1929年の早春のことであった。朱将軍は、部隊と人民にむかって、彼が知っているかぎりの国内、国際情勢を率直に分析してみせた。 彼がいうには、蒋介石は国民党軍11個連隊に対して東固山地の要塞を封鎖するように命じた。蒋介石はまた、国家の支配権をあら…

大衆集会における毛沢東と朱徳の演説 『偉大なる道』第6巻⑥ー9

彼は、主として毛沢東と彼が演説した、東固での一般的大衆集会を回想した。「われわれの力はまだ弱くて小さい」と、毛沢東は演説した。「しかし、火花も炎のように燃えあがることができるから、われわれは、無限の将来をもっている」毛沢東は、いつものよう…

民主主義をめざす紅軍 『偉大なる道』第6巻⑥ー8

しかし、紅軍が発展させたもっとも強力な教育方法であり、紅軍が成立して以来、一貫して実践してきたもののひとつは、これまでの戦闘や作戦を分析する会議をひらくことであった。こういう会議には、朱将軍や毛沢東をふくめて、指揮官や兵士も全員が参加した…

東固ー興国地方ソビエト区結成 『偉大なる道』第6巻⑥ー7

自然の美に対する深い感情をあらわしながら、朱将軍は、東固についても、まえに井岡山についてかたったときと同じようにくわしく描写した。この山は、江西省を南北にのびる、森におおわれた山脈の一部である。朱徳の話によると、かなり高い山岳地帯ではある…

江西省の都市寧都を占領、東固での民衆の歓迎 『偉大なる道』第6巻⑥ー6

「農民工作の準備をさせるために」、勇敢な扇動者からなるいくつかの小部隊を先行させたうえで、紅軍は、数日後、江西省中央部の城壁をめぐらした都市、寧都を占領した。地方守備隊と地主どもは、紅軍が近づくと、たちまち逃げだしてしまったが、商工会は、…

転換点になった大柏地の戦闘 『偉大なる道』第6巻⑥ー5

いつものように、朱将軍は、戦闘の模様を非常に細かいところまで気をつかって、説明した。ものすごい激戦だったが、朱将軍の言葉でいえば、「実にきわめて単純」であった。その夜のうちに、林彪は、一個連隊をひきいて、10マイル(16キロ)を行軍し、戦闘が…

瑞金への進撃後新たな戦闘計画 『偉大なる道』第6巻⑥ー4

中国の旧暦の正月がきた。戸口ごとに、正月を祝う赤い紙がきらめき、料理店や、金持ちの家からは音楽がひびいていた。南江西の瑞金という小さな県城では、ちょうど、江西省軍一個連隊が帰ってきて、「朱毛匪」の大部分を皆殺しにして、敗残兵は福建省境の向…

朱徳の妻呉玉蘭、戦闘中に行方不明 『偉大なる道』第6巻⑥ー3

村に近づくと、紅軍はまず一人か二人の兵士を先行させた。そこで農民たちは、外に出てきて、紅軍のために米を集め、負傷者や疲労した人を引きとって、かくまってくれた。あとに残って農民の世話になるものは、みな、回復してから、農民を組織し、訓練するこ…

大余の町を占領そして退却 『偉大なる道』第6巻⑥ー2

「やつらと話しあったうえで、われわれは、捕虜を釈放した。われわれは、捕虜を訓練する計画をもっていなかったし、なんとかして、彼らによって、警報をひろげさせたかった。われわれは、封鎖部隊に、われわれを追跡させたいと、のぞんでいた。しかし、その…

敵の封鎖を突破して大汾の町を占領 『偉大なる道』第6巻⑥ー1

朱将軍は、彼と毛沢東が、4千人の兵をひきいて敵の封鎖を突破した、この荒涼たる山岳地帯の情景をざっと素描してみせた。山塞からひそかに下界へ通じるこの道を知っているものは、井岡山の匪賊になった農民をのぞいては、だれひとりいなかったし、また、あえ…

彭徳懐の合流と敵の封鎖突破を計画 『偉大なる道』第6巻⑤ー13

「井岡山の基地から、われわれは、敵軍を、見おろすことができた」と朱将軍はかたった。「敵の動きは、全部わかった。やつらが、食事のしたくをするのも、われわれは見張っていた。月がまんまるくなる仲秋節の最期の晩、われわれは、1つの山道のふもとに露営…

反革命側に寝返った范石生将軍への報復 『偉大なる道』第6巻⑤ー12

これとちょうど同じとき、朱徳将軍は、広東省から進撃してきた封鎖部隊を切断する牽制作戦をおこなうために、紅軍三個連隊をひきいて、南部湖南へうってでた。その作戦は、報復と喜劇の2つの要素を含んでいた。旧雲南軍時代の彼の旧友范石生将軍は、今は、友…

彭徳懐、旅団をひきいて反乱 『偉大なる道』第6巻⑤ー11

当時は、大都市の海外の新聞や中国の新聞は、「紅匪の残虐行為」についてのおとぎ話で紙面をうずめていたものであった。蒋介石将軍は、戦闘をまじえていた競争相手の軍閥と、一時的に休戦協定をむすんで、4万の軍隊で井岡山地方を3つの省から包囲し、「紅匪…

紅軍第四軍の採用したゲリラ戦 『偉大なる道』第6巻⑤ー10

「私も、『耳の不自由な老チュウ』の戦術から、たくさんのことを学び取った」と朱徳は笑いながら話した。「国民党軍はみんな、日本軍が常用する戦術をつかってたたかい、いつでも前面と左右両翼に防衛隊を配置して、一縦隊で前進してきた。やつらは、このほ…

井岡山の老チュウの教え 『偉大なる道』第6巻⑤ー9

朱徳はその地方一帯をくまなく踏破して、地形と防御方法を研究し、匪賊になった農民たちの指導者王佐や袁文才とかたりあった。このふたりは自分たちと同じ匪賊のひとりであった「耳の不自由な老チュウ」の話をしてきかせた。この耳の不自由な老チュウはよく…

井岡山を思い出す恋歌 『偉大なる道』第6巻⑤ー8

新しい言葉にかきかえられた、たくさんの民謡の1つ、「3つの偉大な任務」は音楽にあわせた教養問答のようなものだ―― わが紅軍には、3つの偉大な任務あり。 帝国主義と封建勢力をうち倒し、 土地革命を遂行し、 人民の主権をうちたてる。 各人は、必要に応じ…

朱徳が井岡山であつめた歌 『偉大なる道』第6巻⑤ー7

井岡山にいるあいだに、朱将軍は、紅軍がつかっていた歌をあつめ、それをふやすのに一生けんめいになりはじめた。1937年には、これらの歌は、彼の上着のポケットに、さっとすべりこませることができるくらいの大きさの、およそ2百ページの小さな本になってい…

紅軍の生命線、政治部 『偉大なる道』第6巻⑤ー6

彼がいうには、軍の再編成にさいして、朱徳が総司令官に、毛沢東が政治委員に選ばれた。毛沢東は、紅軍と大衆のあらゆる党活動と、部隊内のすべての政治教育工作を指導した。政治部こそ、軍閥への堕落を阻止する「紅軍の生命線」だった。朱徳は、政治部の目…

紅軍第四軍再編成と土地革命 『偉大なる道』第6巻⑤ー5

井岡山会議は、朱軍と毛軍を再編成して、ひとつの軍に統一することを決定した。この統一軍は、紅軍第四軍とよばれた。隊員のなかには、赤地の中央に四つの星と鎚(つち)と鎌をえがいた旗をもつ、旧第四軍の出身者が多かったからだった。この会議は、3つの…

中国革命戦の5つの基本的特質 『偉大なる道』第6巻⑤ー4

「国民党の部隊は、井岡山をめぐる6つの県の主な都市や町を、みな守っていた。われわれは、この地方に到着してから、井岡山を基地としてソビエトを建設し、ここから革命をたえず広い地域へ拡大していく方針を決定した」 この決定は、朱徳軍がこの山岳地帯に…

農民の指導者、王佐と袁文才 『偉大なる道』第6巻⑤ー3

井岡山というのは、まわりが150マイル(240キロ)もある山岳地帯の総称である。いたるところに、松、もみ、竹の大きな森林があり、大きな花をつけたつる草が木々にからみついている。そして、春の花の香りがそよ風にのって、流れてくる。美しい景色にあたり…

朱徳と毛沢東の類似点と違い 『偉大なる道』第6巻⑤ー2

ふたりの風采や気質を見ると、朱徳の方が毛沢東よりはるかに農民的である。ふたりとも、自分たちの出身である農民と同じように率直でむき出しで、かつ現実的である。だが、毛沢東は基本的にはインテリで、彼の一風かわった思弁的精神は、中国革命の理論的諸…

朱徳と毛沢東のはじめての会合 『偉大なる道』第6巻⑤ー1

たたかっては、ひきあげ、たたかっては、ひきあげながら、朱徳軍は東方へ撤退していった。5月の第1週、彼らはレイ県地区に野営して、井岡山へのぼってゆく準備をした。毛沢東とたたかってきた江西省の国民党軍は、そのころ、レイ県の主な役場の所在地を占領…

井岡山へ撤退命令 『偉大なる道』第6巻④ー13

1928年4月、広西軍五個師団が、湖南の革命軍にたいして戦端を開いてきたときには、朱徳軍は約1万の兵力になっていた。しかしそのうち制服を着ていたのは、たった2,3百人で、ほかの大部分は、耒陽の女たちが、大々的に「靴を作る運動」を起こして、綱とわら…

勇気ある農民たちの物語 『偉大なる道』第6巻④ー12

長いあいだ沈黙がつづいた。それからようやく、その思い出をふり切って、朱将軍は耒陽の話にもどり、勇気ある農民のたくさんの物語をしてくれた。農民たちは、これまでの数々の勝利ですっかり自信をつけてしまって、自分たちだけで、国民党の正規軍にぶつか…

農民組織者、呉玉蘭と結婚 『偉大なる道』第6巻④ー11

朱徳は、彼の軍隊に加わるために、ぞくぞくと集ってくる新しい志願兵の処理と、革命を広げるために農村へ送り出されていく農民分遣隊の組織編成の問題で、朝から晩まで多忙をきわめていた。毎日ひらかれる民衆大会で、話をする時間はやっと見つけだしていた。…

革命軍、耒陽ソビエトを建設 『偉大なる道』第6巻④ー10

郴(ちん)県にのこっていた敵の五個中隊は、朱徳軍接近の噂を聞くと、たちまち、逃げ出してしまったので、朱徳は、一発もうたずに県城を占領した。郴県ソビエトは湖南省につくられた2番目のソビエトだった。これにつづいて、県内のすべての村々に村ソビエト…

敵の学生六個中隊への陳毅の説得 『偉大なる道』第6巻④ー9

この計画は、文字通り、そのまま実行され、六個中隊の全員が捕虜になり武装解除された。丘のあいだの窪地につれてこられ、そこで、朱徳と陳毅が、工農革命軍の性格と綱領について説明をおこなった。まるで、友だちとはなしあっているような陳毅の演説は、捕…

敵の学生六個中隊の情報 『偉大なる道』第6巻④ー8

勝ち誇った革命軍は、そこで、宜章に帰って、ソビエトを再建した。他方、朱徳は、軍閥唐生智将軍が11個中隊で守っていた郴(ちん)県の県城へ向かって、2,3百の古参兵をひきいて北進した。その途上で、郴県城内で情勢をかぎつけた一群の農民と出会った。彼ら…