Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第十二巻(改編)

中国人民の偉大な解放闘争を象徴する朱徳の人生 『偉大なる道』第12巻⑤ー7

四川省の貧農の子、朱徳将軍はいま六十歳になった。11月30日、戦闘のまっ最中に、華北の人民と部隊は、彼を祝福して愛情と激励の言葉をおくった。はるかな満州の戦地から、林彪の幕僚が打電してきた。 「貴下の六十歳の誕生日を祝うため、われわれはひとつの…

中国を対ソ攻撃の戦場にするアメリカの政策について 『偉大なる道』第12巻⑤ー6

マーシャル将軍がアメリカへ帰って報告書を出したのは、それから6ヵ月後だったが、彼は内戦について国共双方を非難しながらも、誠実に次のようにのべていた。 「国民党反動グループは、彼らの封建的な中国支配の存続に熱心であり、……彼らが何をしてもアメリ…

重慶協定破綻後の民主勢力のたたかい 『偉大なる道』第12巻⑤ー5

4月になって、重慶協定が破綻したことがはっきりしたので、これに参加した共産党側の指導者11人が、飛行機で延安に向けて重慶を去った。この飛行機は途中で墜落して、乗っていた全員が死亡した。操縦者と乗務員はアメリカ人だったが、そんな小さなことは国民…

国民党地域での秘密警察によるテロの時代 『偉大なる道』第12巻⑤ー4

蒋介石はこの当時「3ヵ月準備して、あと3ヵ月で共産主義者を絶滅する」と豪語したと伝えられる。 朱徳将軍が、この陰謀の詳細を知っていたことは、五四運動記念日の民衆大会での彼の演説で明らかであって、彼はそこで、重慶協定はこの陰謀のためぶちこわされ…

国民党、共産主義者の掃討計画を着手 『偉大なる道』第12巻⑤ー3

3月4日、マーシャル将軍が延安をたずねた。朱将軍はその歓迎民衆大会で、マーシャル将軍が3ヵ月足らずのあいだに中国の内戦をとめ、軍の再編成計画をたて、民主主義と平和への第一歩を成就した功績をたたえた。そして人民解放軍は停戦条項とマーシャルの設置…

軍備を縮小し産業を発展させる近代国家を希求 『偉大なる道』第12巻⑤ー2

朱将軍はとても熱心に重慶会談のことを話した。「日本がやぶれ、ロシアは問題ではなく、内戦の危機も明白に去った」とすれば、次に必要なことは軍隊を国でまかなえる程度まで縮小し再編成することだ、と彼は考えた。国民党軍90師団、共産軍20師団という協定…

統一と自由と民主主義のために戦った生涯 『偉大なる道』第12巻⑤ー1

1月に、朱将軍は外国人記者ジョン・ロデリックと会談したが、彼は朱将軍のことを「注意深い聴き手」で、「旧世界的な作法」をもった人であり、すすめられる煙草をとるまえなどには両手を胸のあたりでにぎりあわせて、軽く頭をさげると書いた。ロデリックの話…

民主連合政府を樹立する重慶協定調印 『偉大なる道』第12巻④ー6

1946年1月末、国民党、共産党、民主同盟の代表と政党外の代表は、民主連合政府を樹立する歴史的な重慶協定に、厳粛に調印した。委員会はすぐ新しい民主憲法の起草に着手し、これは総選挙のあとに新たな中華民主共和国の国会で討議し採決されるはずであった。…

トルーマン大統領の声明がもたらした影響 『偉大なる道』第12巻④ー5

朱将軍がこうした考え方をしていた当時、中国の情勢がまた急に変わった。1945年12月15日にトルーマン大統領は声明を発表して、アメリカ政府は、「中国の国民政府が一党専制の政府」だということを認めること、そして政治的統一は中国人自身によってのみつく…

東北をめぐる国民党との確執 『偉大なる道』第12巻④ー4

中国共産主義者は、国民党が満州で活動することや、役人を送りこんで中ソ友好同盟条約にしたがって平和にその義務を実行することに反対ではない、とも彼は言明した。 「だが、次のことだけははっきりといっておかなければならない」と彼はつけ加えた。「中国…

ソ連との関係のむずかしさ 『偉大なる道』第12巻④ー3

毛沢東は、10月に重慶から戻ってきたあと、ひどく心臓を病んでいたので、会見できなかったが、朱将軍は率直に会談した。 その当時、共産主義者の本拠地延安は、引越し最中であった。戦争が終わったとき、八路軍部隊は、工業都市の張家口から日本軍を追い出し…

作戦基地だった満州をめぐる米ソの思惑 『偉大なる道』第12巻④ー2

アメリカは、ロシアが、撤兵前に満州の産業機械を奪い去ったことを強く攻撃した。若干の非難が事実にもとづいていたことは疑いないが、剥奪の理由が十分に説明されたことはない。私は事実は次のようなものだろうと考えている。 たしかにロシアは、日本が過去…

満州占領を完了したソビエト赤軍の動向 『偉大なる道』第12巻④ー1

10月、11月がすぎると、全華北は革命兵力と反革命兵力のあいだの闘争場になった。アメリカと日本と兵隊は、共産軍に挑戦する国民党軍や傀儡軍が使用できるように、共同で鉄道を警備した。国民党軍の使用にあてるアメリカの飛行機やレンド・リース物資が、上…

アメリカへの憎悪、アメリカ人との友情 『偉大なる道』第12巻③ー8

1945年末、青島の高等学校教師フェイ・シィァオ・チンが思想と所属政党に関する質問に回答をこばみ、銃殺された事件があって、大衆の怒りが高潮したことがあったが、彼に質問したのは日帝協力軍の指揮官だった例の反逆者の市長であった。 昆明の学生殺害事件…

米軍の目に余る不法行為に高まる憎悪 『偉大なる道』第12巻③ー7

そのころ上海の2,3の勇敢な新聞が「米軍暴虐のページ」という特集のページをもうけたが、月日がたつにつれて、この特集はアメリカ軍の不法行為に関する報道や投書でいっぱいになった。あるアメリカの提督は、婦女子の暴行や男子の殴打殺害に抗議しにいった上…

朱徳、アメリカの露骨な内政干渉に抗議 『偉大なる道』第12巻③ー6

重慶協定が調印される5日前の10月5日、朱将軍はまたも国際外交の舞台に登場して、アメリカの内政干渉に対して、重慶の米軍事当局に断乎たる抗議をたたきつけた。 それは、八路軍が早くも8月2日に日本軍から解放していた芝フに、アメリカ軍がやみ撃ちをしかけ…

朱徳、マッカーサーの日本人戦争犯罪者名簿に抗議 『偉大なる道』第12巻③ー5

朱将軍はそれから数日後に、また文章を発表して、こんどはマッカーサー将軍が東京で発表した日本人戦争犯罪者の名簿に抗議した。この名簿には38人しかのっておらず――真珠湾攻撃当時の閣僚と、フィリピン、ビルマ、そしてオランダ領東インドの残虐行為の責任…

朱徳、解放区を襲撃する反逆者たちを非難 『偉大なる道』第12巻③ー4

重慶でのこの交渉がつづいているあいだ、朱徳将軍は相変わらず延安で、こつこつ熱心に努めていた。連合軍の勝利を祝う9月5日の民衆大会で、民主的な中国だけが国民を統一することができること、そして民主主義の実践と生産活動の点で、解放区が全国の手本に…

毛沢東と蒋介石、重慶で会談 『偉大なる道』第12巻③ー3

1945年8月の末になって、ハーレイ将軍は、毛沢東に重慶にきて、交渉するよう強要した。そして毛の身辺の安全を保証するため、ハーレイ将軍自身が、張治中将軍を連れて延安に飛行機できて、8月28日王若飛将軍といっしょに毛沢東をつれだした。 毛と会った蒋総…

ハーレイ将軍の延安訪問の目的 『偉大なる道』第12巻③ー2

8月半ば、「大風」がまた延安にやってきた時から、情勢は新たな段階に入った。アメリカ駐華大使パトリック・ハーレイ将軍は1944年11月に、飛行機で最初の延安訪問をした。彼は、機から大股で出てきて、毛沢東や朱徳その他の人々と握手しようとしたとき、勇ま…

日本軍国主義を温存する動きに警戒 『偉大なる道』第12巻③ー1

朱将軍は生え抜きの軍人そのものだったが、人類の歴史上もっとも偉大な闘争のひとつのまっただ中に立っていることを、はっきりと自覚していた。 彼の机にとどくほとんどすべての書類、国際社会にみられるほとんどすべての動き、それらはすべて、国籍や人種の…

アメリカ、朱徳の宣言承認を拒否 『偉大なる道』第12巻②ー9

朱将軍はさらに、解放区とその地域の抗日部隊は、日本軍と傀儡部隊との降伏を受理し、降伏にともなう連合軍の規定を実行する権利をもち、また日本の処置に関する講和会議と国際連合に代表者をおくる権利があることを宣言した。彼のコミュニケは次のことばで…

朱徳、国際外交の舞台に登場 『偉大なる道』第12巻②ー8

蒋介石が返事をまとめるには、2日かかった。その間に朱将軍は、南京の岡村将軍に打電して、現在地で八路軍と新四軍に投降するよう解放区の全日本軍に指令することを命じた。華南では、国民党軍に取りまかれている部隊以外は華南抗日部隊に投降するよう要求し…

重慶政府、アメリカのすすめでソ連政府と同盟 『偉大なる道』第12巻②ー7

山西省では、日本軍は旧軍閥の省主席閻錫山を装甲列車で太原府に迎えた。そして日本軍の司令官は閻の顧問になり、2万の日本軍部隊を閻の指揮下に入れた。これらの日本軍部隊は閻自身の部隊とともに、ただちに八路軍に対する反撃を開始した。それから3年半の…

朱徳と彭徳懐、武装解除の決定権をめぐり蒋介石に抗議 『偉大なる道』第12巻②ー6

8月12日には、8万の国民党部隊を解放区の戦闘位置に輸送するため、アメリカの輸送機や船舶が集められているという報告が延安に入った。最初に輸送される部隊はアメリカ将校に訓練された米式装備の新しい国民党軍だろう、ということもつたえられた。 この同じ…

朱徳、日本軍と傀儡軍への武装解除を命令 『偉大なる道』第12巻②ー5

8月10日夜の12時、朱将軍はその後の歴史の流れを変えた七つの命令の最初の分を発令した。 第一命令は、八路軍と新四軍の全部隊と、解放区の全抗日兵力にむかって、都市や交通路線に駐屯する近辺の日本軍と傀儡軍部隊に対し、一定時間内にあらゆる武器の引き…

蒋介石、共産軍への攻撃やめず 『偉大なる道』第12巻②ー4

朱徳将軍のデスクに緊急暗号電報の警報がとどいた――重慶の国民党高官が、日本軍は好都合な時期に降伏してくれた、と言明したというのである。 その高官がいうには、「降伏が2ヵ月おそかったならば、われわれは日本軍に対する反撃を開始し、レンド・リース物…

日本の降伏条件をめぐる緊迫した動き 『偉大なる道』第12巻②ー3

8月10日、日本が天皇の「特権」保持を条件に降伏を申し入れたという知らせが、電撃のように全中国につたわると、歓喜の中にも驚愕の感情がまじっていた。愛国的新聞は、日本の無条件降伏がポツダム宣言の建前であると抗議し、また日本の申し入れは日本軍閥の…

蒋介石の米ソ戦への思惑 『偉大なる道』第12巻②ー2

クリスチャン将軍馮玉祥がそれから2年後の米国滞在中に話したことだが、蒋介石は馮やその他の国民党要人たちの前で、アメリカを日本と戦うように仕向けたのは自分だから、今度はソビエトと戦わせることができる、と自慢したという。蒋介石はまた、中日戦争は…

広島長崎への原子爆弾投下とソ連参戦 『偉大なる道』第12巻②ー1

日本の太平洋防御陣がアメリカ海軍のせん滅的な強打の下に消滅した運命的な1945年8月、その最初の日に、朱将軍は、日本が中国の内戦をあおり――しかも国民党の強い支持を得て――、連合国の間の不一致をかきたてることによって、自己の悲運を回避しようとしてい…