Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第十二巻(改編)

日本軍の撤退とポツダム宣言 『偉大なる道』第12巻①ー7

重慶最高司令部は、この時になっても、レンド・リース物資を満載した数百台の軍用トラックを、抗日戦のためではなく、延安辺区を封鎖する国民党軍にむけて送り出していた。 同じくこの6月には、華南の日本軍部隊が、途中掠奪したり殺したりしながら、だんだ…

国内の軍事改革についての朱徳の抱負 『偉大なる道』第12巻①ー6

朱将軍はまた、国内の軍事改革について抱負をのべた。国民党の最高司令部の代わりに、孫逸仙の考えたような統一最高司令部を設置することや、敗北主義者と親日分子を全部やめさせること、また抗日戦と人民の利益に反する反大衆的な悪いしきたりを廃止するこ…

朱徳による抗日戦争8年の報告 『偉大なる道』第12巻①ー5

この大会で党の中央委員に選ばれた朱徳将軍は、抗日戦争8年のことをまとめて報告した。彼は戦争の各段階を分析して、第一段階では国民党軍の一部も勇敢に戦っていたことを指摘した。ところが政府は「反大衆的な政治体制」に固執したため、ひろく分散した日本…

毛沢東、連合政権樹立を提案 『偉大なる道』第12巻①ー4

共産党第7回全国代表者大会は、目まぐるしい国際情勢の変動を背景におこなわれた。会議は世界的な重大ニュースのためたびたび中断されたが、それは、ムッソリーニと愛人が17人のファシストとともに、パルチザンに殺されたこと、ヒトラーが彼の側近とともに残…

できるだけさけたい内戦 『偉大なる道』第12巻①ー3

朱将軍はルーズベルトの死ぬ数ヵ月前まで、中国の内戦をはばむことはできるとくり返しのべていた。1944年夏、延安での外国人記者団との会談ではこのようにいっていた。 「われわれは内戦のことは考えたくないし、断じてそんな戦争をしかけることはない。しか…

ルーズベルト大統領死去の影響 『偉大なる道』第12巻①ー2

サンフランシスコ会議の直前、4月12日のルーズベルト死去のニュースは、目ざめかけた希望に、暗い影を投げた。毛沢東と朱徳は、トルーマン大統領とルーズベルトの遺族に弔電を送り、解放区一帯では半旗をかかげた。延安の新聞はルーズベルトの死について、「…

ルーズベルト大統領の再選と影響力 『偉大なる道』第12巻①ー1

第二次世界大戦の最後の年になって、この戦争が終わっても国民党の独裁は緩和されないだろうということがますますはっきりしてきて、朱徳将軍や同志たちの考えに、深刻な変化がおこった。 彼らには、中国の情勢はいつもはっきりとわかっていた。国民党は、戦…