Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

アジア図書館

『偉大なる道』にまつわる言語いろいろ

中国が多言語国家であることに気づくまで、日本は日本語を母語にする人々の国であり、韓国は韓国語を母語にし、中国は中国語を母語にする人たちの国だと漠然と捉えていたように思う。 ところが、アジアのことをいろいろ知るようになって、学校教育を受けた中…

『偉大なる道』にまつわる客家(ハッカ)いろいろ

客家(ハッカ)いう言葉は、アジア図書館に勤めていたころ初めて聞いた。 それ以来何だろうとずっと気にはなっていた。 どうやら中国の歴史において、被差別者集団として扱われた時期があったらしいと知ってなおさらだった。 台湾出身の女性留学生に講演して…

戦争体験談の中できいた従軍慰安婦

ネットでまた従軍慰安婦という言葉が目に付いたので、ブログの引越し最中なので過去の文章を探し出して編集し直した。 従軍慰安婦について書かれた本を1冊も読んでいないし、こだわって詳しく調べたこともない。 なので、日韓のあいだで、今何が問題になっ…

『キューポラのある街』を久しぶりに鑑賞

1年前『キューポラのある街』をテレビでやっていることがわかり久しぶりに観た。数十年ぶりなので、あらためて知ることもあり、思わず涙ぐんでしまったり、おかしくて苦笑いしたり最後まで楽しんだ。 吉永小百合さんがほんとにいい俳優だということを再認識…

在韓被爆者に寄り添った松井義子さん

在韓被爆者の救済に中心的役割を果たした「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の代表をなさっていた方である。 1998年12月に70歳で亡くなられたことを新聞の小さな死亡欄の記事で知った。 植民地だった「満州」の大連で生まれ、戦後無教会派のキリスト者…

孫文研究家故山口一郎氏への謝意

大阪でアジア図書館を運営している市民団体アジアセンター21の代表をなさっていた山口一郎氏が亡くなったことは、当時購読していた新聞の訃報欄で知った。 たしか、学会が何かの出席のために中国に滞在していたときに、ホテルで入浴中に亡くなられたと記憶…

北朝鮮に帰国した友を想う人

北朝鮮に関係した個人的な話しを直接話してくれたのは、後にも先にもこの方だけだった。 吉永小百合さん主演の古い映画『キューポラのある町』でも、帰国船で帰る男の子のエピソードが出てくるが、この「友を想う人」とは関係が逆になる。 映画の中では面倒…

中国の子どもの読み書き

アジアからの留学生に講師になってもらい語学スクールを運営していた頃の思い出。1990年代はじめ頃だったと思う。 こういう仕事を少ししていた経験があるので、今でもアジアで使われる言語の多様性に興味を持っている。 アジア地域で初等教育で習う言語…

孫文と孫文記念館

日本では孫文として知られているが、中国や台湾では孫中山、欧米では広東語のローマ字表記であるSun Yat-sen(孫逸山)として知られている。 一旦定着したものを変えるのはむずかしいかも知れないが、孫中山でそろえた方がいいように思うが。 孫文については…

アジア図書館の本 ー『シャム・ラオス・安南三国探検実記』ー

もうかなりむかしに読んだ本なので、内容はほとんど忘れかけているが、岩本千綱著 『シャム・ラオス・安南三国探検実記』は楽しく読んだ。 アジア図書館で働いていた頃なので、こういうアジアに関する珍しい本にも出会える機会が多かった。 紹介してくれたの…

アジア図書館の本 ー『両班(ヤンバン)―李朝社会の特権階層』ー

著者は大学教員をされている方で1995年に発行された中公新書である。 アジア図書館を辞めてから出版を知り購入したのだが、アジア図書館にも典型的な社会科学系の蔵書として所有してあると思う。 とても興味深い本だった。 長い間解けないままに頭の隅にあっ…

アジア図書館の本 ー『偉大なる道』ー

「これは、中国人民解放軍の総司令官朱徳将軍の生涯の、六十歳の時までの物語である」 で始まる、アグネス・スメドレーが実際に朱徳から聞き取りをして、アメリカで編集し、日本で阿部知二の翻訳で1955年に単行本として出版されたこの本がずっと好きだった。…

アジア図書館の本 ーハン・スーイン著『悲傷の樹』ー

ハン・スーイン著『自伝的中国現代史シリーズ』は全5巻で1冊1冊読み応えのある本である。 なかでも第1巻の『悲傷の樹』は昭和45年10月発行で、私が一番好きな巻。 かんたんに言えば、彼女の家の歴史を横糸にして激動する近現代までの中国の歴史を綴った大…

アジア図書館の本 ーベトナム戦争ー

現在のベトナムは手頃な値段で観光旅行がしやすくなってきて、日本にとって遠い国ではない。 かつてはトナム戦争の関係でよくきいたダナンという町やホーチミン、ハノイも若者の観光の人気スポットになっていることを知ったとき、時代は変化していくとしみじ…

アジア図書館の本 ーベトナムー

「昭和の人間」のなので、ベトナムと聞けば、やはり「戦争」ということばを連想してしまう。 年輩の方なら、1960年、1970年代の「べ平連」の運動を思い出される方も多いはず。 私自身は生まれてはいたが、その熱気を感じる年齢層ではなかった。 現在はシリア…

アジア図書館の本 ーインパール作戦ー

ビルマ・インパール作戦とは第二次世界大戦中の1944年3月から7月にかけて日本軍が実施したインド侵攻作戦だった。 インパールというのはインドとビルマ(現在のミャンマー)の国境に近いインドの都市で、そこにあるイギリスとインドの軍隊の大きな基地を攻撃…

アジア図書館の本 ー韓国人女性の回想記『半分のふるさと』ー

著者イ・サンクム(李相琴)さんは1930年に広島で生まれ、15歳で祖国に帰国し、その後梨花女子大学で教鞭をとっておられた女性。 副題が「私が日本にいたときのこと」となっているように、宗主国日本で異民族出身日本人としてすごした多感な十代の少女の回想…

アジア図書館とマレー語講師

マレーシアの国語であるマレー語クラスの講師になっていただいた方は数人記憶しているが、偶然どちらも女性の方だった。 言語的にはとてもよく似ていいるインドネシア語の講師がみな男性だったこともあって、今でもマレーシアには女性のイメージを持ってしま…

アジア図書館とベトナム語

私がアジア図書館で働き始めた頃のベトナム語教室の講師は難民の男性Sさんだった。 いわゆるボートピープルと呼ばれる形でベトナム戦争後の社会を出国し、非常に危険な航海途上で救出され日本に難民として入ってきた人だった。 1990年頃だから、難民と…

アジア図書館とモンゴル語講師

モンゴルの留学生としてモンゴル語の講師をしてくださったCさんはそんなに若い人ではなかったので、多分研究者として来られた人だったと思う。 チンギス・ハンを中肉中背まで小さくして、温和な表情にした真面目で腰の低い男性だった。 仕事で多くの留学生と…

アジア図書館と中国語

1990年はじめ頃のアジア図書館の語学スクールでは、中国語についてはレベルごとのクラス数が一番多かった。 蔵書の語学書の中で中国語のテキストが一番多かったこととも相関していた。 常連さんや中級クラス以上で学べる人も多かったし、生徒の年齢層に…

アジア図書館とタイ語

いま大阪市東淀川区にあるアジア図書館の語学スクールではどこの国の言語の教室が人気があるのかしら。 韓国語かな? 多分中国語だろう。 私がスタッフをしていた時期で1992年あたりは、圧倒的にタイ語だった。 傍で見聞きしているかぎり、日本人にとっ…

アジア図書館とヒンディー語講師

中国と同じように多言語社会であるインドの共通語のヒンディー語クラスの先生は、在日インド人の夫人であるCさんだった。 インドで大学を卒業しておられるエリートで、しかも長く講師をしておられるので教え方は安定していた。 この方もインド出身の知識人…

アジア図書館とインドネシア語

アジア図書館でスタッフとして最初に会うことになった語学スクールの講師がインドネシアからの国費留学生だった。 色が浅黒くて、明らかに東アジアの民族の顔つきではないので、緊張したし魅了もされた。 何人か覚えているが、すべて男性で教養と育ちと性格…

アジア図書館と留学生

若い頃、スタッフとして働いていた市民団体が運営するアジア図書館は、夕方から夜にかけてアジア各国から来た留学生を講師に迎え、「アジア図書館のアジア語学スクール」をキャッチフレーズに少人数の語学教室を運営していた。 今もそれは続いているが、規模…

アジア図書館と語学書

アジア図書館の運営を離れて長いが、ホームページによると現在も広い場所を借りてある程度の蔵書は閲覧できるように並べてあるらしい。 ここの図書のすばらしさを知っている者の一人として、すべての蔵書が閲覧できる場所があればどんなにいいだろうかと思う…

アジア図書館と留学生からの寄贈品

アジア図書館へ留学生たちが持ち込んでくれる本国のおみやげは楽しみだった。 アジア図書館の棚や壁を飾る民芸品は彼らの寄贈によるものが多い。 共通しているのは民族衣装を着たお人形や、お面、民族楽器のミニチュア、テーブルセンターなどの布製品で、原…

アジア図書館と古本バザー

私がアジア図書館に勤めていたのはもう数十年前になるので、古本バザーが今はどうなっているのかはわからない。 以下の文章は過去の感想と思い出にすぎない。 民間の市民団体で運営していたアジア図書館の蔵書はほとんど市民からの寄贈だった。 届いた段ボー…

アジア図書館と図書目録作り

アジア図書館の貸し出し業務をする傍ら、手が空いたときは、B6サイズのぺらぺらの登録カードに書かれた古本の情報を、パソコンに入力していく作業をしていた。 この作業は現在もボランティアの人たちに助けられて続いているはず。 さすがに、紙のカードは…

日本十進分類法とアジア図書館の蔵書

時代は様変わりした。 アジア図書館で働いていたころは、携帯電話すら世の中に存在していなかった。 そんな便利な通信機器を子どもを含めた各個人が持ち歩く時代なんてまったく想像できなかった。 当時、好意で蒐集した蔵書のデータをパソコンに入力をしてい…