Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

日本十進分類法とアジア図書館の蔵書

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時代は様変わりした。

アジア図書館で働いていたころは、携帯電話すら世の中に存在していなかった。

そんな便利な通信機器を子どもを含めた各個人が持ち歩く時代なんてまったく想像できなかった。

 

当時、好意で蒐集した蔵書のデータをパソコンに入力をしていたのだが、これは予算が乏しい市民団体として画期的なことで便利だったし、外部への宣伝にもなった。

このデータをもとにアジア図書館図書目録をむかしの電話帳のような分厚い本として作成した。

今は時代のニーズに合わせてCD-ROM版で作成しているらしい。

 

外野にいる少し内情がわかる部外者から見れば、公共図書館のように自宅からいつでも検索できるようになればいいのになと思う。

「あ、さすが。やっぱりここはこんな本を持っているのね」とか。

 

この「アジア図書館はこの本をもってるわ」というシンプルなネット情報が世界中どこにいようとも得られるようにしたら、検索してるだけでも楽しめそうな気がする。

 

予算と人材がネックになっているのかな。

 

さて、いずれにせよ、紙の本については蔵書としてわかりやく並べる具体的な基準がいる。

 

現在、日本の公共図書館のほとんどで使われている分類法は日本十進分類法(Nippon Decimal Classification,NDC)で、総記から文学まで10分類に分かれている。

この分類法は、なんと1928年(昭和3年)に発表されて、何度も改訂されているけれど大枠は変わっていないという。

 

1928年といえば、国としてまとまった日本が科学技術教育とあらゆる分野で欧米に負けない体質を身につけて人材を育てていた時代ととらえている。

アジアからみれば、羨望のまなざしで見られていただろうし、また日本もアジアへ積極的に進出してもいた。

戦争が身近にあった時代でもあった。

 

その時代を背景にできた図書の分類だということだ。

 

では、例えば文学はどうなっているか簡単に説明してみる。

  • 90 文学
    • 91 日本文学
    • 92 中国文学、その他の東洋文学
    • 93 英米文学
    • 94 ドイツ文学、その他のゲルマン文学
    • 95 フランス文学、プロバンス文学
    • 96 スペイン文学、ポルトガル文学
    • 97 イタリア文学、その他のロマンス文学
    • 98 ロシア・ソビエト文学、その他のスラブ文学
    • 99 その他の諸言語文学

とこのように分類されている。


いかに当時は西洋中心主義で作られていたかがわかる。

これは仕方がなかっただろうと私は思う。

 

さらに、各項目ごとに戯曲や小説などに細分化されていくのだが、ここで問題がある。
韓国の小説やベトナムの民話、インドネシアの戯曲、インドの詩などはどこに分類される?

 

答えは92の「中国文学、その他の東洋文学」が細分化されて929が「その他の東洋文学」になっていて、すべてがこの分類に入ってしまう。

 

実際、数としては少なかったのかもしれないが、当時の日本社会がアジアのことを軽視していたこともまったくなかったとはいえないだろう。

これは完全に時代の動きに遅れている。
しかし新しいものを作って現場の公共図書館で実施してくむずかしさもわかる。

 

よく通っていたころの図書館を思い出すと、公共図書館では時代に会わない所は工夫されていた。

たとえばエッセイなら「日本のエッセイ」「海外のエッセイ」と分類しているところも私は知っている。

それどころか端末機が数台設置されていて、著者や題名などのキーワードを入れるとたちまちどこの棚にあるか貸出中か予約待ちが何人かがわかるようになっていて便利になった。

 

さて、1928年当時はほとんどKOREAの枠組みで文学の存在が見えてなかったようだけれど、現在のアジア図書館のKOREAコーナーの文学には数多くの蔵書が並んでいるはず。

北朝鮮の文学関連は少ないかも知れないが、韓国で発行された本の原書や翻訳書、絵本、在日Korean側が表現する文学も増えている。

日本国内で翻訳者が育ってきた時間の経過、在日Korean側や出版社側の努力を棚から発信していると想像している。

 

というわけで、アジア図書館が発案した蔵書の並べ方が従来の公共図書館の分類法に問題を投げかけたことは事実だ。