Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

アジア図書館と古本バザー

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私がアジア図書館に勤めていたのはもう数十年前になるので、古本バザーが今はどうなっているのかはわからない。

以下の文章は過去の感想と思い出にすぎない。

 

民間の市民団体で運営していたアジア図書館の蔵書はほとんど市民からの寄贈だった。

届いた段ボール箱に入っている雑誌や本を選別するのは、スタッフとボランティアの大事な仕事になった。

アジア図書館での雑多な作業すべてにいえるのだが、出版物に対する見識があればあるほど助かった。

題名や解説を読んだり、長年培ってきた勘を頼りにアジア関連ではないと判断すれば、そのまま段ボール箱に詰めなおした。

週刊誌でも特集の一つがアジア関連とわかれば、収集の対象になった。

たとえば、思い出すのは○○ジャーナルとか新聞社が出版するような週刊誌。

家庭婦人対象の生活雑誌でも「特集アジアの器」とか「アジア各国のおもてなし料理」というような記事があれば蔵書になった。

当時は「アジアの時代」ともいわれていて、こういう特集記事はよく組まれていたように思う。

個人的にもこういう特集は好きだった。

 

蔵書にならない古本の段ボール箱の量がばかにならない。

狭い倉庫に天井近くまで山積みしていた。

そして年に何回か古本バザーを行い、事務局長がその収益金でまた古本屋で蔵書となるアジア関連の古本を買うという段取りだった。

いいにくいことだけれど、人件費と蔵書購入費用を天秤にかける発想なんてまったくなかっただろう。

東京方面へ用事に出かけたおりは、神田の古本屋街で大量の古本を仕入れてきた。

やはり神田にはいいものがあると聞いた。

この方も無類の本好きだった。

あえていえば、経営や運営にたずさわるよりも、一日中本をさわっていたい人だった。


大阪市内での中之島まつりや、吹田市内の千里生協まつりは恒例行事のように出店していた。

この作業は重たい段ボール箱を倉庫からトラックに積み上げ、現地でダンボール箱を開けて並べ、夕暮れどきバザーが終われば、段ボール箱に詰め直しトラックに積み上げ、また倉庫の一定の場所に天井近くまで積み上げて終わりという重労働だった。

 

人手が多ければ多いほど助かるので、できるだけ市民団体の名のもとにボランティアを集める。

当時は携帯電話もなかった頃だったので、自宅にいる時間帯をねらってお願いの電話をする。

私は人にお願いするなら、自分でさっさとしてしまいたい人間なので、夜に固定電話をかけまくり会員に頭を下げるこの作業はすごくいやだった。

 

私のような数少ない有給スタッフはもう休む暇なく働くことを暗に求められた。

この市民団体がもつ汗を流すことを良しとする体質は今も根っこのところで変わっていないと思う。

ほんとうはブラック企業以下の労働条件なのに、崇高な理想を掲げることで覆い隠そうとしていたように思い出したり……。

気持ちが高ぶるのでここまで。

 

今は古本の売買をする大手チェーン店が街中に多いし、ネットで簡単に欲しい古本が手に入る時代になった。

当時は町の細々と経営していた古本屋ぐらいしかなかったので、アジア図書館の古本バザーは人件費がほとんどかからないこともあって、そこそこの収益はあったと思う。

インターネットがこんなに進んできたのに、どこかで若い人にネット販売の道を模索してもらうことは無理だったのか。

 

一時はアジア図書館も広いスペースで古本屋を経営していたときもあり、安定した現金収入をもたらしていたと想像できる。

こうして市民から寄贈される古本は、すべてアジア図書館の蔵書に反映されることになる。

広く市民や研究者の方に知られるようになると、アジア関連の本を出版した著者や出版社から直接寄贈してもらうことも多くなった。

「ぜひこの図書館に」といわれることもあり、確実に知名度は上っていった。

 

こういうふうに集まった本雑誌類50万冊(今はもっと多いかも)ほどが一部を除いて倉庫に眠っていると思うと残念だ。

しっかりした団体運営ができる方のもとで市民に実際の空間で開放されるか、ネット空間でせめて題名だけでも検索できるようになることを願っている。