Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

アジア図書館とヒンディー語講師

中国と同じように多言語社会であるインドの共通語のヒンディー語クラスの先生は、在日インド人の夫人であるCさんだった。

インドで大学を卒業しておられるエリートで、しかも長く講師をしておられるので教え方は安定していた。

 

この方もインド出身の知識人らしく出身地の言葉(グジャラート?)とヒンディー語あともう一つの言語が少しできると聞いたような気がする。

そしてもちろん英語と日本語ができた。

 

ヒンディー語の生徒さんはそれぞれが独立していて群れないタイプの人が多かったという印象がある。

お坊さんもいたし、インド人男性と結婚後インドで住む予定なので勉強している若い女性もいた。

日本人男性にないものをインド人男性に見出し、お金持ちでもなく何もないような所へ行こうとする彼女の情熱にこちらは感服。


アジア人との結婚が動機となってその地の言語を学習する日本人女性はときどき会った。

アジア人女性と結婚する日本人男性よりも純粋な傾向はあったように思う。

もちろん例外もあるだろうけれど。
 
さて、Cさんがちょっとした内輪のパーティーに民族衣装サリーを着てこられると、必ず注目された。

インド人独特のやや浅黒い肌と深みのある目元をしていて、日本社会ではどこへ行っても目立ちそして絵になる方だった。

2012年のインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」の主人公と重なるところがある。

大阪の庶民的な町の駅から歩いて出てくるサリー姿の彼女を見た人も多かっただろう。

 
そんな彼女から、インドでは少しいわゆる「ぽっちゃり型」がもてることを聞いたことがある。

だから1枚の布をくるくる身体に巻きつけるサリーから、肉づきのいいお腹が少し張り出して見えるほうが魅力的なのだという。

Cさんに2,3枚サリーを持参してもらって、アジア図書館で「サリーの着付け教室」を女性客限定で企画したことがあった。

予想以上に女性が集まり、にぎやかな雰囲気の中、かんたんなサリーにまつわる話しを聞いたあと、実際にお客さんにも着てもらった。

サリーは持ち運びや手入れが簡単そうな布一枚の民族衣装だと思う。

マダム・イン・ニューヨーク」の映画でも主人公は何枚もスーツケースに持参してニューヨークに来ている。

当日のCさんが着ていたサリーは色無地に全体的にスパンコールのようなものが縫い付けてあってきらきら光っていたので、「スパンコールがきれいですね」なんていったら、「ダイヤモンドです」といわれて、参加者とびっくりした思い出がある。

全体だから、何十個ではなかったはず。

あるとき「インドの女性はみな美人」という内容のことをいわれたのだが、返すことばが見つからなかった。

そうですよね。

アジアの中でもオリエンタルといわれる人たちの顔つきとは明らかに違う。

みんな彫りの深い顔立ちを持っているので、迫力で負けてしまう感じ。

 

あるときインドの掌サイズの小さなお面の民芸品が手に入った。

どこに飾ろうかと考えたが、適当な場所がないので、トイレの入口近くの壁に飾ったことがある。

Cさんが気づいて「あのお面は誰か知ってる?」と訊かれてきょとんとしていたら「インドの神様です!」といわれてしまった。

「トイレの近くは失礼ですよね」といって知らなかったことをわびた思い出がある。
 
このようにはっきりものをいう気さくな性格が私は好きだった。

在日インド人として長く滞在していたので、いつか本国へ帰る留学生とは違う「在日」感覚もあり、親密な会話をもたらしてくれた。


当時は子どもがまだ小さかったので、将来の教育に関してはいろいろ考えていて、日本が英語の会話力がしなやかに身につく社会でないことはすでに感じておられた。

そういえば、アメリカの親族から子どもの「マクドナルド」という発音を手厳しく非難された話も聞いた。

つまり「きちんと英語を教えなさい」と。