Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

中国の子どもの読み書き

アジアからの留学生に講師になってもらい語学スクールを運営していた頃の思い出。1990年代はじめ頃だったと思う。

 

こういう仕事を少ししていた経験があるので、今でもアジアで使われる言語の多様性に興味を持っている。

 

アジア地域で初等教育で習う言語と家庭で使われる言語がほぼ同じなのは、日本と韓国・北朝鮮ぐらいではないだろうか。

あの職場で発見することは多かった。
                  

あるとき中国人留学生から「日本語はひらがながあるからいいわ」と突然いわれたことがあった。

ちょっと感情が高ぶっていたので、授業中何かあったのかと思った。
私が「どうして?」と聞くと、「中国の子どもはしゃべることができても、読み書きができない。だから手紙なんて書けない」という。
なるほどと思った。

日本では小学校に入学する前にすでにひらがなは読める子どもは少なくないし、早い子は書ける。

小学校低学年で、漢字に読み仮名をつけてやれば、少々むずかしい文章でも読める子はめずらしくない。
ひらがなさえ習得すれば、手紙や、日記に自分の思いを綴ることができる。
「おかあさんが すきです」「おにぎりを たべました」「おとうさんと うみえ いきました」とか。
 
彼女は中国の子どもはある時期までそれはできないということを嘆いていた。

「漢字ばっかりの国」のお国事情を密かに聞いたような気がした。

漢字は数が多いし、複雑な形の部分で構成されているし、画数の多さといい、学習するには圧倒的に不利な文字だと思う。

それを中国人自身から直接聞いたので、「ああ、やっぱりそうなんだ」と思ったりしたものだ。
中国でも簡略化した漢字を考案したり、ローマ字化を試みているけれど、中国語はやはり漢字の世界である。

日本での「ひらがな・カタカナ」、朝鮮半島での「ハングル」が体系化されてきたのも、漢字が持つ不便さへの解決していくためだったのだろうか。

このへんはよくわからない。
こうなると、中国大陸を意識して、日本と韓国が「ひらがな・カタカナ」「ハングル」の歴史的作成努力を互いに讃え合ってもいいんじゃないかなと思った。

ところが、残念ながらかつて韓国では日本との併合時代後半に教育機関から「ハングル」の学習の場を奪われたという歴史を持っていることに気がついた。

ちょっとややこしくなりそう。

ふと思ったけれど、中国ではパソコンや携帯に文字を打つときどうするのかな。

日本語と同じようにローマ字入力だと思うけど、それができるようになるまで、やはり相当な学習時間がいるのではないだろうか。

 

いずれにせよ、これからの中国語の世界で漢字がどうなっていくのか興味をもっている。