Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

北朝鮮に帰国した友を想う人

北朝鮮に関係した個人的な話しを直接話してくれたのは、後にも先にもこの方だけだった。

吉永小百合さん主演の古い映画『キューポラのある町』でも、帰国船で帰る男の子のエピソードが出てくるが、この「友を想う人」とは関係が逆になる。
映画の中では面倒見のいい親分肌の少年が、子分のように世話をしていた頼りなげな友との別れを見送るという設定だった。

 

実際にお会いしているので、「そんな人いてるかな?」とはならなくて「そんな人いたんやな」と思い出せる。

もう数十年前の「アジアブーム」といわれた頃、アジア図書館には、さまざまな動機を持った人が訪れた。

受付のカウンターの前にかけて、貸し出しカードに記入することになっていたので、ちょっとした話題で話しが盛り上がることがあった。
 
私が気づかなかっただけで、その方は何度か来ていたかも知れない。

一見粗野に見える人だったが、ことばを交わすうちに、ご自分が納得できないことは信じない、というちょっと頑固な姿勢と正義感を持っているようにも見えた。
 
私のことは名札でわかっていたのだろう。
「子どものころ在日の友だちがいたんや」 
といい始めて、一息ついたところで私の顔をちらっと見て、
北朝鮮に帰ったんや」
といった。

まるでこれがいいたかったんやという感じで。

 

私はこういう立場の人は初めてだったので、黙って聞き役に徹すことにした。
「ぼくらのグループのボスで、面倒見がいいやつやってん」
顔を伏せて少年時代の回想をしていた。

年齢から推察して、小学校中学年ぐらいで別れているようだった。

小グループが他愛もないことで悪態をついたりして反目しあう男の子の世界をなつかしそうに語っていた。
「よう面倒見てもらった」
という。
「家は豚をかってた」
その方の友の生活がリアルになってきた。

会話していた頃は、「北朝鮮では米不足」がよくメディアで報道されていた頃だった。

在日朝鮮人の帰国後の生活についても暗い情報が多く流れ、その種の報告書や告白書もアジア図書館の蔵書としてあり、目にすることもできた。
「あいつに米を送ってやりたい」
聞き役の私の胸にこみ上げてくるものがあった。

その方は実際に、朝鮮総聯の事務所を訪れて友の消息を調べようとしていた。

しかしまともに取り扱ってくれなかったというが、組織とはそういうもので仕方がないと思った。
「要領のいいやつやったから、どこかで生きててほしい」
その方は友を日本に呼んで、むかしのやんちゃ仲間と同窓会を開くという夢を持っていた。

「同窓会は無理ですよ……でも同窓会を開きたいと思っている気持ちが相手にわかってもらえたら、いいですよね」
私はかろうじてこういうふうに返した。

いい話だったので、しばらくその方の気持ちを実際に伝える方法をあれこれ考えたものだった。