『女たちの肖像』は、私が変わっていく過程でそばにあった本だった。
著者は中村輝子さんというジャーナリストで、人文書院から1986年に発行されたもの。
ユニークな創作活動で知られた6人の女性の手軽な入門書のようにわかりやすく書かれた本で、それぞれが「越えてきた」人生に触れることができる。
興味が湧いてもっと詳しく知りたくなったら、それぞれの人物の作品や評伝などを探していく手がかりを与えてくれる本だ。
どういうきっかけでこの本を購入したかは忘れてしまったが、「婦人の友」という雑誌に連載されていたらしいので、多分この雑誌から刺激を受けたのだろう。
この本の小さな書評記事の切り抜きを持っている人も偶然知っていたので、新聞記事で知った人もいたのだろう。
時代の制約を受けて、順風満帆とはいえない人生をどういうふうに生きてきたかを読み取る作業は、知的興奮をもたらしてくれた。
みんな戦前生まれで、第二次世界大戦が終わった時には、中年と呼ばれる年齢域に達していた女性がほとんどだ。
具体的には
アイザック・ディネーセン(作家) 1885年~1962年
ハンナ・アーレント(政治哲学者) 1906年~1975年
ゾラ・ニール・ハーストン(作家) 1891年~1960年
リリアン・ヘルマン(作家) 1905年~1984年
ナディン・ゴーディマ(作家) 1923年~2014年
ジョージア・オキーフ(画家) 1887年~1986年
この本に出会うまではリリアン・ヘルマンしかなじみがなかった。
彼女が書いた『ジュリア』『子供の時間』は余韻が残る映画になっていた。
ナディン・ゴーディマは南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃運動を文芸活動で支援してきた白人女性として、アジア図書館にいる頃「短編集」を読んだことがある。
アジア図書館の活動を支援してくれていた大学教員が南アフリカの女性作家の研究者ということで、何回か講演してもらった。
アパルトヘイトの撤廃は1994年なので、ちょうど日本での運動の最後の盛り上がり時期にアジア図書館にいたことになるなと振り返って思う。
アジア図書館ではアフリカに関する蔵書も収集していた。
調べてみると、この作家は1991年にノーベル文学賞を受賞している。
そういうこともあってよく覚えている名まえだ。
映画『愛と哀しみの果て』の主人公として知られるアイザック・ディネーセンは、『パペットの晩餐会』と『アフリカの日々』を通してファンになった。
デンマーク語と英語で独特の作品を作り上げてきためずらしい作家だ。
「わたしはアフリカに農園を持っていた」から始まるこの本の独特の雰囲気が好きで、本の断捨離を何回かしてきたがしばらく手元に置いていた。
ときどき無性にこの本を開いて活字を拾いたくなることがあるのを知っているからだが、その後やはり手放した。
この本で一番興味を持った女性は、ハンナ・アーレントというユダヤ系ドイツ人女性で、この女性について書かれたところは繰り返して読んだ。
他者に影響を与えた女性哲学者といえば、ハンナ・アーレント、ボーボワール、シモーヌ・ヴェーユぐらいしか思い出せないが、個人的にはハンナ・アーレントに一番惹かれる。
3人に共通しているのは、ずば抜けた知性を持ち、むずかしいことを真剣に考えていたことだと思う。
ボーボワールは棲む世界も知的レベルもあまりにも上にいて、こちらに降りてきてもらえないという感じがする。
シモーヌ・ヴェーユも同じく優秀な女性だったが、修道女のように自分に厳しい生き方を追求していて、他者を寄せ付けないところがある。
この二人に比べると、ハンナ・アーレントは短期間ではあるが収容所に入っていたこともあり、ぎりぎりのところから生き延びた経験やハイデッガーとの複雑な関係など人間味豊かな女性だと思う。
とにかくこの本を起点にして、アレントの難解な著作の中から「読みやすい本」を探し始めたように記憶している。
ちょっとおおげさにいえば、共感できるアーレントのことばが、「人間嫌い」の泥沼から少しずつ這い出す試みをしていた私を一気に救い出してくれたような感じがする。
さて、最近この本の現代のアジアシリーズがほしいなと思ってきた。
中国人作家ハン・スーイン、ベトナム人弁護士(?)のゴー・バー・タン、日本人作家森崎和江さん、エスペランチスト長谷川テル……。
まだこのぐらいしか思いつかない。
こういう本はありそうで案外ない。