Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

須賀敦子著『コルシア書店の仲間たち』

2008年にBS朝日で再放送された「須賀敦子―静かなる魂の旅」で初めて知った作家だった。
放送予告で興味がわいたのだが、「好きになりそうな人なのに、名前を知らなかった」というのが大きな動機だった。
 
その後もNHKで特集番組があったので、興味深く観た。
こんな日本女性がいたなんて知らなかったので、さっそく図書館でエッセイを借りて読み始めた。
アジア関係の作品を書いていたら、どこかで名前ぐらいは記憶の引き出しに納まっていたと思う。

1929年生まれで1998年に69歳で亡くなったイタリア文学者であり随筆家であった。
 
終戦まもない頃に女子大学を卒業して、イタリア、フランスに留学する女性だから、どれほど恵まれた環境にいた人かと思ったら、父母の結婚生活破綻を経験し、長女としての葛藤を経て成長した女性だとわかった。
それ以降、彼女はカトリック信者として哲学的思索を深めていった。
 
生い立ちを知り一層魅了されてしまった。

エッセイも抑制の効いた文体で、博物館に入ったような静寂な雰囲気が漂っている。
こんなエッセイを書けたら、どんなにいいだろうかと思う。

河出書房新社から出た一冊に収まったコンパクトな全集は未だに手元に置いている。

 
イタリアでカトリック左派と呼ばれるグループの拠点になったような書店で働いた経験が大きかったようである。

その書店には、単に書物を求める人だけではなく、志を同じくする人たちが集まっていて、そこで出会った人や書物を回想する内容が多い。

単なる書店でもないし、図書館でもないし、かといって政治的なアジトのような空間でもないところがユニークで、楽しそうな職場だ。

但し、ビジネスと考えるととても不安定なので、お給料は安かっただろうなと想像できる。

 

その書店で同僚のイタリア人男性と恋愛して、当時珍しかった国際結婚をしたのだが、夫が早くに亡くなったので、結婚生活は10年もなかった。

豊かな家庭で育った彼女とは違い、彼の方は映画『鉄道員』に出てきそうな鉄道員の社宅で育ったということもあって、この映画はなかなか観れなかったというような叙述があったと思う。

夫が亡くなった後しばらくイタリアですごしていたが、ある日「日本に帰ろう」と急に思いたったところなんかも印象に残っている。
 
『コルシア書店の仲間たち』は久々に一気に読んだ。

なんでもない過去の思い出に生きる人びとを淡々と書いているところがよかった。

左翼傾向を持つ人を多く書いているが、闘争的でもなく、宗教的な雰囲気がすることもなく、読み手はとてもリラックスでき、登場人物に対して好感を持って受け入れてしまう。
 
育ちのいいお嬢さんが、ひたすら内面を拠り所にして、別の世界の扉を開けて生きた世界というのだろうか。
 

本棚や机に積まれた本といっしょに写った写真は、かつて自分も本に囲まれていたことを思い出させてくれるので、親近感をもってしまう。

ただ、私の場合は古本だった。
自分から積極的にアプローチして、その本に囲まれた職場を得たところも似ていて共感した。

私は、須賀敦子のように周囲に違和感を持ちつつ、賢明に生きた女性が好きだ。
もう一人の自己を意識している女性というのかな。
 
亡くなった後、新聞の書評欄で編集者として彼女に関わった人の紹介記事を読んだ。

見出し「あと少しの時間があれば」でわかるように、61歳で文筆家としてスタートし、病で亡くなるまで10年ほどしか活動できなかった彼女の死を惜しむ内容で、まったく同感であった。

 

こういう人を思い出すと、時間をのばさないで今日やれることは今日はじめようという気持ちを起こさせてくれる。