Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

自然豊かな四川省 『偉大なる道』第1巻①ー2

  さじを握ることができるようになると、自分の手で食べた。それからむずかしい箸を使えるようになった。怪我をしたときには、だれもなぐさめてくれなかったので、ひとりで泣くか、泣かずに我慢するかだった。気候が暖かなときには、ほとんど裸でかけまわったが、冬になると、小さな綿入れの上衣とズボンを着せられた。ズボンはお尻のところがひらいていて、用を足すときにはしゃがめるようになっていた。病気したことがあったか。いや、今まで一度も病気をしてしない。

 

 そのころの遊びぶりを思い出すと、あきれてしまう。「くたくたになるまで遊んで、そこらへんにころがって寝いった。それから起きて、また遊びに出て、それからまたころがって寝いった」

 

 彼はちょっと思い出し笑いをした――木かげに日の光が筋になって射していたので、汚れた小さな手でつかもうとしたら、するっと抜けてしまった。家から離れたところになにか果樹があったが、それに花が咲いたとき、彼が枝をゆすると、雨みたいに花びらが降りかかってきた。そこらへん一面に野の花が咲き、家の裏では竹やぶが風に鳴り、かげをつくる木の高い枝からは長いブランコが垂れ、材木のうえにはシーソーがのせてある。真向いに立つ山裾を洗いながら、流れの早い小川があたりを走っている。岸には赤い小石がころがり、橋があり、小舟と竹のいかだがあり、魚がきらめいて泳ぐ。

 

 家の西の方には「伏犬丘」という低い山が長くのびているが、そのすぐむこう側には、荷車が通れるほどの公路が、南の方からきて北の山々の中に消えてゆく――見知らぬ遠い国への冒険の夢をのせてくれる道だ。


 朱将軍がかたるにつれて、目の前に、頭を剃って、夏は腹巻か前垂かを胴につけただけの、丸々とした小僧の姿が、浮かび上がってきた――嵐の前に乗り出した頑強な小舟に似た、陽気で手ごわいわんぱく小僧だ。