Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

大渡河での翼王の決断 『偉大なる道』第1巻②ー7

 「ある町では、『閻王』みたいな金持の地主が石達開に銀一箱と奴隷女をおくったが、王はえらくおこっていわれた。


 『お前はわしを役人とでも思っとるのか。わしは命令する。土地は小作人に分け、奴隷は自由にしてやり、すべての銀はみなにくばれ。日が暮れるまでにやれ』


 「地主は川へとっ走って飛びこんじまったが、だれもこまりはしなかった。


 「うん、わしらの軍は大渡河(四川省揚子江と分かれた岷江の支流の名)で崩れてしまった。わしはそこにおらんかった。わしは、東から成都を囲むために四川を行軍した隊にいた。石達開は西から成都を攻めようと4万人をひきいて進んでいた。その何千人かが大渡河(だいとが)で死に、河をわたって満州軍に降参しに行ったものもあった。食糧がなくなって、馬もらばも食いつくしていた。
翼王の軍の矛先は大渡河で折れてしまったのだ。

 

 「満州人の犬になった中国人の大物は、成都の総督駱秉章(らくへいしょう)で、そいつを満州人劉蓉が助けていた。この二匹の鬼めが、野蛮なロロ族を手なずけて、外国の銃をもたせて、石の軍のあとを突いて、糧道を断ち切ったんだ。追剥泥棒の駱の軍が、洋夷の銃や大砲をもったというわけだ。奴らが大渡河に砦をきずいたから、石達開はわたることができなかった。大平軍は弓と矢しかもってなかったんだ。

 

 「敵は河の北岸に『降参したものの命はゆるす』と書いた旗を何本も立てた。石達開は学者だったから、それを読んでいわれた。

 

 『戦っても死ぬ。戦わんでも死ぬ。それならいっそ戦おう!』

 

 「いかだをつくって、それに乗りこんだ5千人は、革の楯で前を防ぎながら、槍をかかえていた。
真紅の上衣をきた将校達は、恐れもせずにすっと立ち、兵どもは漕ぎ、みなが戦闘開始の呼び声をあげ、向こうの敵をにらみつけた。だが、洋夷の大砲が火ぶたを切った。いかだはめちゃくちゃになり、大渡河の流れも人の体でせきとめられた。