Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

清朝兵士の怒鳴り行進 『偉大なる道』第1巻③ー2

 朱将軍によれば、そのころ、帝国の兵隊は「怒鳴り行進」というものをやって、人民をおどかし、追いちらしていた。そういう習慣が、いったいどこから起こったのかは不明だが、彼が想像するには、おそらく清(満州)朝が征服したてのころ、兵士と人民が親密になるのをふせぐためにはじめられたことだろう。

 

 二人の少年は竹やぶに伏せたが、まず将校が馬に乗ってやってくるのが目にはいった。その男の円錐形の白い帽子には彩色したボタンがつき、ふちからは房が垂れていた。上衣は紅く、袖口と肩のところに位を示すらしい刺繍のしるしがついていた。そのあとを間隔をあけておそるおそる、緑旗軍に属する兵士の一隊が、黒いズボンと上衣と椀帽子を身につけて、わらじをはいて、ふんぞり返って歩いてきた。黒字で「兵」と書いた白布が、上衣の前と後に縫いつけてあった。

 

 兵隊はさまざまな武器をかついでいた。銃身の長いマスケット銃、槍、太刀など。そうかと思うと、扇であおぎながら歩いているものもいる。たちまち一斉に口をあけて、例の血も凍るばかりの叫喚の声をあげる。

 

 叫びがうんと遠くなってからはじめて二人の少年ははいだして、思い切って大街道の方をのぞきおろし、それからやっと、大人たちが話をしている田んぼに向かって走った。父は、兵隊たちを宿無し亡者とか、ごりごりの亀の卵とか、小便の種とか、淫売屋やばくち場から引っぱってきた猿などとののしっていたが、朱将軍は、それはいい当てていたとあっさりいう。

 

 その後も毎年、朱徳はたびたび清朝軍を見た。彼らは卑屈な奴隷だった。低い階級の将校ほどいばっていた。しかし、上官が近づいてこようものなら、部下の兵といっしょに道ばたに飛びのいて、片ひざをついて、片腕を垂れ、頭を低くして、清式の敬礼をしたものだ。農民の前では虎のようにたけだけしかったが、金や力のあるものに対しては、尻尾をたれる犬でしかなかった。

 

 朱徳は、兵隊や税吏のことを思い出すだけで、にがにがしい気分になった。彼がそういうものを口にするときに、私が受けた印象では、彼はそういう思い出を忘れようとしているようだった。というのは、それは中国の奴隷制と弱さを外国人に知られることになるからだった。朱将軍には民族的な誇りが深く根をおろしていた。