Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

義和団の是非を問う老師 『偉大なる道』第1巻④ー5

 1900年の夏の日々、朱徳と学友たちは、たびたび老先生の家に集まって、義和団について語りあい、もし彼らがこの地で蜂起したならば、どうすればいいのかと論じた。

 

 弟子たちの真ん中にすわって、シ先生はいった。

 

 「二度のアヘン戦争、太平の乱、それから清日戦争を考えてもみよ。たったひとつの外国か、せいぜい二つの国が中国をうち負かしたのだ。中国は、あのころよりも強くなっているだろうか」


 「弱くなっております」少年たちは異口同音に答えた。


 「義和団は、いまや押しよせてくる8カ国の軍隊を相手に勝つ見込みはあるか」


 「ありません」悲しげに少年たちは答えた。


 「太后は、国家と国民の福祉について、以前より深く考えるようになっただろうか」


 「いえ、むしろ逆です」とふるえる声で答えた。


 「誰が、義和団に戦えと命じ、それから西安に逃げたか」老人は真剣に深いいきどおりをこめてたずねた。


 「太后であります」少年たちはあえいだ。

 
 「わしは、お前らに中国を救う道を教えた。なんと、わしは教えたか」


 「勉学して、やがて外遊し、西洋の科学をわがものにせよ、でした」


 「それならば、義和団の道は正しいか正しくないか」


 「正しくありません」あるものは涙を流しながら、悲しい答えを返した。


 中国の老師はこのように問いを発し、弟子たちはこのように答えた。