Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

連合軍による北京陥落 『偉大なる道』第1巻④ー6

 塾がふたたび開かれ、かなりの日数がすぎてから、日本をふくむ8カ国の連合軍が北京を略奪したという知らせをきいた。指揮官はドイツの将軍であり、将兵にむかってドイツ皇帝の命令をくりかえした。「中国人どもの頭に恐怖心を徹底的にたたきこみ、今後ひとりも、あえて頭をあげることがないようにせよ」

 

 命令は遺憾なく実行された、と外国人は信じたわけだった。外国の軍隊は、居留民の有能な協力をえて、北京の家々と宮殿を荒らしまわり、名画、じゅうたん、花瓶、家具、衣服などをうばい取り、それから建物に火をつけて灰にした。何千の老若男女が殺害された。古い都の井戸や泉池は、凌辱されたり、凌辱よりは死をえらんだりした妻や娘たちの死体でいっぱいになっていた。

 

 北京の悲運を思い出したときの、朱将軍の口元のかすかな動きは微笑ではなかった。


 「私たちの塾は、その知らせに、何日間もあきれてものがいえなくなった」と彼はいった。「終わってみれば、この反乱のために約2百人の外国人、何千人かの信者が殺されたということになる。一方、中国人の死者はその百倍にもなったのだが、中国人の生命を草よりも安く見る外国人らは問題にもしなかった。講和条件をきいたときには、私たちは口もきけなかった。あらたに多額の賠償金が中国の上にのしかかった。農民がそれを払わなければならない。勝者は、ありとあらゆる手段を考えて、わが人民をはずかしめようとした。損害を受けた中国人の信者とその家族は、すべて賠償されることになった。外国人が殺された都市では、科挙も5年間停止された。天津に近い大沽の要塞は取りこわされ、外国は、北京天津間の鉄道と北京の大使館区域に駐兵権をえた。数多くの都市が新しく貿易のためにひらかれ、四川の2つの市もそのなかにふくまれた。そのうえ、政府は、外国軍艦に中国の沿海と内陸水域を自由に航行する権利もあたえた」