Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

マーク・トウェインの非難 『偉大なる道』第1巻④ー10

 しばらく口をつぐんでから、急に私にむかって、ドイツ皇帝が、義和団の乱のときに中国にいる自らの軍にくだした命令――ほかのすべての外国軍もそれにもとづいて行動した命令を読んだことがあるか、とたずねた。私は、その命令をごくぼんやりとしか覚えていなかったので、図書室にいっていろいろな本にあたってみるうちに、命令そのものではなく、マーク・トウェインが、乱後に外国人が中国人に加えた暴虐に関して、1900年のクリスマス前夜に『ニュー・ヨーク・サン』紙に送った手紙が見つかった。それは、アメリカ宣教団のアメント師という人からの報告にもとづいて書かれたものだ。アメント師は、義和団が中国人信者を殺した村々からとりたてた賠償金について述べている。それは殺された信者一人について銀3百両であり、さらに「その賠償金の13倍にのぼる罰金を課したが、これは福音の宣布のために使用されるだろう」と師はいう。マーク・トウェインは、さらに北京からのアメント報告についていう。

 

 「アメント師は、彼が集めた賠償金はカトリックが獲得した額にくらべたら、つつましいものだと宣言する。なるほど、カトリックは金のほかに、「首には首」の賠償をもとめた。金は殺されたカトリック信者一人について5百両だった。温州では680人の信者が殺されたので、これに対してヨーロッパのカトリックは75万串銭の現金と680の首を要求したそうだ」

 
 マーク・トウェインはつづける。


 「商魂たくましいカトリックが、失われた信者のそれぞれに対して大金をとったばかりか、首までおまけに弁償させたことについて、われらのアメント師が羨望の念を抱かれたのもごもっともだ」

 

 トウェインはさらにいう。――あの反乱のときにドイツ皇帝が軍にくだした命令を、同様の状態にあるアメリカにあてはめたとすれば、次のようになるだろう。

 

 「アメリカ諸州に、進撃また進撃せよ。断乎、徹底的に敵をほうむれ。ドイツ人を、永遠に恐怖の的にさせてしまえ。大共和国内に縦横に軍を進め、必殺、必殺、さらに必殺で、はずかしめられたわが信教のために、国土の心臓と内腹を貫通突破せよ」

 

 私の秘書のリリーがこの記述を読みあげ、通訳しているときに、真夜中の時が打った。朱将軍は、目を細めて聴きいったが、終わったときにたずねた。


 「マーク・トウェインというのは、どんな人ですか」


 それでもう1時間かかった。というのは、図書室から百科全書を取ってきて、リリーがそのアメリカの大作家についての全文を読んだからである。このときまで、朱将軍は、義和団の乱中乱後に中国人に同情を寄せた外国人がひとりでもいたことを知らなかった。その事実を知って彼は慰みをえて、世界の「民衆」の良心は健全だという確信をかためたようだった。