Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

同盟会結成と鉄道陰謀 『偉大なる道』第2巻①ー3

 1905年には、孫博士は、いまなお巨額の賞金を首にかけられた亡命者として日本にいた。そして、日本で「同盟会」という秘密革命結社をつくり、武力をもって清朝を打倒し、西洋式の共和制を中国に樹立することをちかった。日本に留学中の多くの学生が、それに加入し、のちに中国に帰って国のいたるところに支社をもうけた。

 

 日本が発展して強国となり、白人の強国にたたかい勝ち、中国の領土を奪い取るまでの力をもつようになったことは、清朝がいかに退廃的であったかということを暴露したことになった。そこで朝廷としては、国民の敵意とたたかいながら、なんとしても延命策を考えなければならないことになった。それが、いまも老西太后の手中にある朝廷が改革に着手し、日本を手本として産業化、近代化しようとした理由だと朱将軍は断言した。もちろん、彼女は、人民が「洋夷の奴隷」とよぶ貪欲な狼である高官の手に改革のことをゆだねたとも朱将軍はいった。

 

 またしても、彼らと手を組む列強群の先頭に立つのはイギリスとアメリカで、北京政府と大借款の取り決めをし、その代わりに鉄道の権益を要求した。すでに、中国の産業家たちは、中国の資本をもって自力で鉄道を敷設して、このような開発は中国人自らの手中におこうと計画していたところだったので、外国の銀行業者らは、政府がすべての鉄道建設を中央集権化してその手におさめ、一切の新計画はわれわれに振り当ててほしいと強く要請した。この「鉄道陰謀」は、英米銀行家が主謀するものだったが、まもなく、民族独立運動の中心の標的となり、ついに1911年の革命を促進していった。

 

 一方で、人民を暴圧しつつ外国人には屈従する清朝への憎しみは大きくなり、反税運動も華南一帯にひろがり、四川にも余波がおよんだ。山東では強制労働への大衆による反抗がひろがり、黄興将軍の下に同盟会は湖南で決起してたたかった。そこでは、湖南の実業家たちが、新たに鉄道をつけ鉱山をひらこうとしていた。その湖南の鉱山の労働者は反乱に活発に参加した。朱将軍は「中国の労働者階級が動きだして、民族解放の戦場に立ちはじめたのだ」といった。その武装蜂起はすさまじい流血の惨事となって弾圧され、首領たちはふたたび亡命者としてのがれた。