Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

軍官学校で同盟会に加入 『偉大なる道』第2巻③ー7

 朱徳が軍官学校に入ってから数週間もたたないときに、同じクラブに属していた候補生のひとりが、「同盟会」に参加しないかといった。朱は承諾し、ただちに忠誠の血盟をして加入した。

 

 この共和主義の秘密組織は、学内にふたつの支部をもっていた。教官たちは彼らだけの支部をもち、候補生たちも自分たちのものをもち、そこからさらに、7,8人の別々の細胞にわかれていた。各細胞のひとりだけが中央部と連絡をとり、細胞間どおしのつながりはなかった。細胞内での裏切りがある場合にそなえての用心だ。会員は自分の細胞のものを知っているだけだった。

 

 10何年か後の話だが、国の内外の反動家たちは、中国共産党の細胞組織は、ロシアのボルシェビキから輸入した外来品だと非難した。私がそのことにふれたとき、朱将軍は、悪意の作り話かも知れないが、とにかく馬鹿げた話だと一笑に付したが、それから、ひょっとすると、外国の帝国主義者らが、中国人は人間以下の動物で知力もないと考えていたのだろうとつけくわえた。彼によれば、細胞組織は、中国の秘密結社の歴史とともに古く、同盟会は旧い哥老会から継承したのだ。

 

 同盟会は、雲南では自分たちの出版物を出していなかったので、文献は沿岸地方からこの奥地へ密輸入されてきた。候補生たちは、重要記事を筆写して回覧した。

 

 「秘密の細胞会議で、われわれはいつも軍事蜂起についてかたりあった。理論的な政治討議は稀というより皆無にひとしかった。われわれは戦いの神の信者だった。われわれの思想が広がったのは、国家的な出来事によって否応なしにそうなってしまったのだ。