Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

哥老会への加入 『偉大なる道』第2巻③ー9

 新式軍隊が革命運動の弾圧に使用されたことを見て、同盟会は、孫逸仙博士からの指令によって、新式軍隊の中で秘密裏に政治工作せざるを得なくなった。朱徳は同盟会によって、四川人連隊での工作をさせられたときに、そうした指令を知った。それは危険な仕事だった。新総督李経ギは、革命派に対して広汎なスパイ網をはりめぐらせていた。

 

 彼は、四川人連隊の兵卒だったときに親しくなった連中で、どうも哥老会員ではないかと思った3人の兵士に目をつけるところから仕事をはじめた。彼が発展させた工作法は、後年の中国共産党で範例になった。彼らと人目につかない所ですわりこんで、個人的なことや金銭の問題などを話し合ったり、家族への手紙の代筆をしてやったりした。そこから入って、国事を語るようになった。

 

 まもなく、彼らは古い哥老会に加わらないかと彼にすすめた。彼は承知した。入会は、山中の寂しい寺院に集まった多数の会員兵士の前でおこなわれた。古い儀式にしたがったのだが、数多くの叩頭があり、血をすする兄弟の誓いがあった。その誓いは次のようにしておこなわれる。まず、朱徳と会員たちは誓いを述べ、それぞれの手首の血管を切って、その血の何滴かを酒杯にしたたらせる。それから杯がまわされ、儀式の主要人物がすこしずつ飲む。これがおわると、朱徳は会の盟約の兄弟愛、平等、互助精神のために死も恐れないという忠誠を誓った。それから彼はある種の合図や合言葉を教えられたが、それによって、会員は今日にいたるまでどこの地に行っても、たがいに知ることができる。

 

 こののちは、四川人連隊内での政治工作は危険のすくないものになった。兵士たちは彼の知識にたより、彼は彼らの保護にたよった。彼はいくつかの小グループのものと遠慮なく語り、彼らはさらに他の兵士たちへとそれを伝えていった。

 

 「兵士らはひどくみじめで、動物なみの生活をしてきた、文盲の連中だった」と朱将軍はいった。「しかし、多くは、頭がよくて、知識と新思想に餓えていることがわかって、私を感動させた。私は彼らを尊敬するようになった。私は部隊をひきいるようになってからは、私の部下の兵を士官が虐待することを絶対にゆるさなかった。とにかく、兵士の大部分は貧農の出だった」

 

 私は彼の言葉をさえぎっていった。「『神の恵がなければ、私もまたその仲間だったろう』」というわけですね」

 

 「いや、こういった方がいいでしょう『伯父上の養子となる機会がなければ、私もまた』」と彼は訂正した。