Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

国境の町河口での反乱 『偉大なる道』第2巻③ー10

 「危機はすすんでゆき、国は苦境でうめいていた」ので、兵士たちと国事を語るには事を欠かなかった。そのころ彼らは、国境の河口(かこう)の町での、同盟会が指導する反乱について話し合っていた。四川人連隊はその河口に進発して、国境守備隊を補強し反乱をおさえるということになったが、到着してしてみると、すでに数百の守備隊は反乱に参加していた。四川人連隊は、匪賊の乱を弾圧せよと命令されて行ったのだが、現場で見たものは匪賊ではなかった。学者や商人までが、「敢死」の腕章をつけ、手に銃を握って家から家へと戦いすすみながら、兵士たちにむかって「夷狄の清を殺せ、漢族万歳!」などと叫んでいた。

 

 連隊はその反乱を鎮圧した。しかし、国境守備隊の数百の兵士は、革命軍といっしょにインドシナに逃げこんでいった。何という恐ろしいことだろう。あきらかに第二の義和団の乱が起こりつつあるのではないか。

 

 兵士たちも、反乱軍の勇敢さにおどろいた。彼らは、戦って敵を殺したのだ! その当時までの中国の軍隊は、農民一揆のような貧弱な武装の敵に立ち向かうとき以外は、戦って相手を殺すということは稀だった。強敵とわかれば、かならず逃げた。この河口の反乱は、武装貧弱ではあったが、ものすごくよく戦った。一方で四川人軍も、戦って敵を殺した。おやおや! 何ごとが中国に起ころうとしているのか!

 

 兵士たちは朱徳のまわりをとりかこんだ。彼は、河口の蜂起を指導した同盟会の目的について説明した。それから、卑屈で無能で無知な異民族の朝廷が、国家を洋夷に売り、洋夷に支払うために重税をかけて、百姓を乞食にしていくということも説明した。