Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

鉄路借款と幣制借款 『偉大なる道』第2巻③ー11

 では、いったいどういうふうにして国を売っているのか? それはたとえば、英、米、独、仏の銀行屋どもが、北京政府に押しつけてくる鉄路借款を見ればわかるだろう。引きかえに、彼らは国のすみずみまで鉄路をしく権利を要求する。鉄路は、国のためにはいいものかもしれないが、外国の金貨しがつけてくる条件ではだめだ。国中が、さらに一歩独立をあやうくしようとする鉄路借款に抵抗して騒然となっていた。そうした借款は、外国人からの幣制借款とも結びついていて、外国人が北京政府の高位について会計を監督する、という権利も求めていた。他の国々も、こういうやり方にかかって独立をうしなったのだ。こんどは中国が屠殺人の台の上に寝かされている。

 

 この洋夷の金貨しらが計画する鉄路は、南の広東から、揚子江岸の漢口に走り、そこから支線が西にのびて四川の成都にゆくというのだ。湖南の中国産業資本家たちは、中国人の金で鉄路をしこうと金をあつめている。四川では、鉄路の一部分が着工されている。しかし洋夷の金貨しは、仕上げをしてやるからこっちへ寄こせという。その計略を隠すために、洋夷らは、北京政府がすべての鉄路計画を統括するのだというが……、それから、ごっそり洋夷の手に、という段取りなのだ。

 

 さらに朱徳は、フランス人がインドシナから雲南府に進める鉄路について話しながら、鉄路借款の計画の性質について説明した。このフランスの鉄路利権は、10年ほど前に、フランスが勢力範囲として雲南省に縄張りをしたとき、ついでに北京からもぎ取ったものだ。最後の犬釘がうちこまれたとき、雲南軍官学校の全員は雲南に行進して、最初の汽車が到着するのを見学したが、ひとりの教官が急に泣き出した。すると全員が泣きだした。

 

 鉄路計画と幣制借款への反対運動は、当時までの同盟会の歴史としては最大の悲劇をひきおこした。憎悪の的の借款の締結が不可避とわかったとき、孫逸仙博士やその他の同盟会の首領たちは、広東での一大武装蜂起を指令したが、それが発火点となって、清朝打倒と共和国建設の最終闘争がはじまるということになっていた。