Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

雲南軍の蜂起前夜 『偉大なる道』第2巻④ー2

 武昌蜂起の直後、朱徳は同盟会から新しい指令を受けた。それは、近くの村に司令部がある旧式雲南軍の師団長の護衛兵のなかで、政治的煽動をせよというのだった。危険な仕事だったが、朱はこのときも、護衛兵のなかの哥老会員の兵士たちに接触した。彼らは血盟の兄弟なので、裏切ることはできない。

 

 「ただ、連中にニュースを知らせるだけで十分だった」と朱将軍はいった。「一省、また一省と、革命の波がのみこんでゆき、ふたつの合言葉、『光復』と『翻身』が万人の唇からもれた。光復は『光明に立ちもどる』ということ、翻身は字義としては『身をひるがえす』とか『立ちあがる』ということになる。だが、政治的には、王朝を倒して新生活の道をとるという意味だった。将軍の護衛兵たちは、何か遠いところを見つめるような顔をして、私のニュースと説明をじっときいた」

 

 総督は秋期演習も許可し、新軍に弾薬を支給した。「弾薬を大事にしろ……」というささやきが兵のなかに流れた。北京からきた帝政派の高級軍人たちは、怠け者だったので、部隊をひきいて山々を走りまわることはしないで、雲南府に入りびたって、宴会をひらき、アヘンを吸引し、陰謀にふけっていた。

 

 10月30日までに演習は終わり、部隊は兵営にもどった。2つの部隊はウチャパに、もう1つの四川人連隊は首都から1マイル(1.6キロ)北方の地点にきたが、そこには隊長羅偑金が、追放地からひそかに抜け出して潜入していた。部隊は、雲南を陥落させるまでの弾薬を使いのこしていた。

 

 10月30日の夜の12時前後が蜂起の時と決められていた。しかしその夜の8時に、何ものかが計画を総督に密告したという知らせが同盟会に届いた。ルー・シャオ・チェン連隊長が疑わしかったが、確証はなかった。狼狽した総督は、ウチャパの新軍司令部にみずから電話をかけてきた。蔡鍔が応対して、万事平静であり、参謀たちは帰宅して食事をしていると証言したが、すでにみな逮捕されていた。総督は蔡鍔にむかって、新軍のなかで革命派の疑いがあるものはひとり残らず逮捕して、鎖つきで連れてくるように命令した。


 

 蔡鍔はこたえた。「1時間以内に、みな引きたてて出頭いたします」