Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

軍閥闘争の荒波の中での再婚家庭 『偉大なる道』第3巻②ー6

 「私が引きつけられたのは、多分、あの女がすごくまじめで、落ち着きと威厳をもっていて、また1911年と1916年の革命の地下工作者だったからだろう。裕福な学者の家の生まれで、もっとも早いころから革命運動に積極的に関係していた。私たちは話し合っているうち、ふたりとも本をたくさん読んでいて、音楽が好きだということがわかった。そのほかいろいろと意見が合ったが、もうそれが何だったかは忘れた。それからすぐに結婚して、妻は、私たちの家を簡素で、新しく、とても清潔なものにしてくれ、家の内も外も花でみごとだった。私たちは花好きだったし、妻はきれいに庭作りをした。それから、私の子どもを、まるで自分の子のようにかわいがってくれたので、子どもは、あれが自分のお母さんでないことは知らなかっただろうと思う。子どもがよちよちと歩き出したころ、ときどき私が家に帰ってみると、ふたりは中庭の花の中でかくれん坊をして遊んでいた。妻は子どもを生まなかったので、私は、子はひとりしかいなかった」

 

 第二の結婚と濾州の家庭について語るとき、朱将軍は、遠く失われた人生のよろこびに満ちたあの小さな楽園の中に立ちもどっていってしまい、今の身のまわりは、視界から消えてしまっているようだった。あの家庭は、波が荒れ狂う軍閥闘争の荒海の混沌の中で、ひとつの別天地となった港であった。彼はいい俸給をもらっていたし、妻も自分の財産をもっていて、ふたりとも消費にはつつましい性格だったが、ほしいと思うものは買い、また友人たちをよく歓待した。立派な書斎を建て、ふたりは、多くの時間を読書についやし、読んだことについて論じ合った。1917年のロシア革命の思想が浸透してくると、ふたりは『新青年』『新潮』などの雑誌の購読を申し込んだ。

 

 ユ・チェンは琴を弾き、朱は笛を吹き胡琴を演奏し、のちには他の楽器類を買い求めて習得したが、その中にはオルガンもあった。