Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

土匪レイ・ユン・フィへの同情 『偉大なる道』第3巻④ー7

 朱将軍は、レイ・ユン・フィを深く同情しながら語った。彼がいうには、この男はかつて貧農だった。すべての貧農がそうであったように、彼もまた文盲であり、彼の教養といえば「百八人の英雄」すなわち『水滸伝』のような圧政への反抗の昔物語などによって形づくられていた。1911年革命の前々から、革命のあいだにかけて、彼と哥老会の仲間は、共和派の同盟会とかすかにつながっていた。革命時には、彼はこの地方の農民と手を組んで、地主たちを追い、土地を取りあげて分配した。レイは、精力的で、まれに見るほどの指導と組織の才能をもち、農民をあつめて軍隊をつくったが、この1922年には5千人になっていて、珍しいことには、ロロ族さえふくんでいた。地主階級と四川軍閥は、彼を凶悪な土匪のかしらとよんでいた。

 

 「たしかに土匪にはちがいなかった」と朱将軍はみとめる。「凶作で食糧が不足すると、彼は自分の領分の外に出て、賑やかな町を掠奪して、金持ちから取ったものを貧民に分けた。軍閥にくらべれば、彼の方が正当で潔白な人間だった。つまり、匪賊ということも階級的観点によるのである。りっぱに成功した匪賊は、領土をもち、子孫は貴族になるではないか。

 

 「1911年革命が流産して以来、レイは多くのふしぎなできごとを見聞した。多くの人間が逃れてきたが、彼は彼らを保護した。彼は、むかしの偉大で情深い匪賊のかしらたち、民間の文学の中で活躍して人民に崇拝されている連中にあやかろうとした。1922年には、彼の領地を征服しようとする四川軍閥にひどく圧迫されていた。彼はたびたび敵を追いかえしていた。