Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

絶望の街上海、南京、北京 『偉大なる道』第4巻①ー5

 資本主義に奉仕する近代科学は、中国には何の利益ももたらさなかった、と彼は絶望的なひとりごとをいった。だが、遠い奥地で耳にした話では、南洋のイギリス領、オランダ領では、状況はかなりちがうということで、そこでの中国人移民は夢のような富をつかんでいる、という噂がどこでもきかれた。まして西洋の国々ということになれば、近代科学による楽園にちがいないと彼は考えた。

 

 「ただひとつだけ、たしかなことがあった」と朱将軍はいった。「地球上でいちばん悲惨な国は、中国だ」

 

 上海の街を、のちには南京、北京の街を歩きまわったとき、絶望のかたまりが幻怪な白昼夢となってわき立った。舗道に眠る半死の人間を見るとき、工場から吐き出される男や女や子どもの暗黒の大河を見るとき、外国人が中国人を舗道から押しとばすのを見るとき、彼の背後には幻の軍勢が立ち上がって、彼にしたがって戦いにつき進んだ。それは大浪のようになだれかかってきて、幻の外国人を打ち殺し、何千となく海にも投げこんだ。

 

 このような幻想の思い出は、彼をゆううつにした。多くの人びとのように、その白昼夢を語ることをためらうということはまったくなかったので、彼は次のようにそれを説明した。

 

 「私はながいあいだ軍人だったものだから、軍人としてしか、ものごとを考えることができなくなっていたのだろう」

 

 上海から、彼の遍歴は南京に向かい、そこでは明朝の創設者で朱徳と同じ朱姓の農民で紅巾軍と呼ばれる軍隊を育て、外敵蒙人を打倒した人の陸墓をおとづれた。それから北京に行くと、旧友孫炳文は、仕事をやめて、まず市内を案内し、それから綏遠(すいえん)省まで旅をした。それから北京に、そして上海にもどった。

 

 北京政府は、彼は侮蔑をこめていうのだが、「封建のふんぷんたる臭気につつまれた亡霊的政府でしかなく……腐った汚水のたまりでしかなく、そこで旧弊の役人と軍閥が、政治ごっこをやり、宴会をし、女を買い、アヘンを吸い、彼らは、高値をつけるものに中国を売っていた」

 

 孫は、彼をいくつかのグループの学生に紹介したが、彼らは、夏休みに都市にのこっていて労働者の夏季学校で教えている連中であり、そのほかにも、農民に教えるために地方へむかったグループもあった。彼は共産党の指導者に会いたかったのだが、みな北京を留守にしていて、書記長陳独秀は上海にいた。