Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

胡漢民、汪精衛との会見 『偉大なる道』第4巻①ー7

 孫逸仙とのこうした会談のあとで、3人は、国民党右派の指導者胡漢民を訪れたが、ほんの短時間いただけだった。朱将軍は、胡をきっぱりと片付けた。「反動そのものだった。香港の買弁階級の典型的な代表人物だった」

 

 次に訪問したのは汪精衛だったが、彼は国民党左派に属し、知識人の指導者とされ、もっとも孫逸仙に近い指導者ともいわれて、高い名声をえていた。知識階級に対しては、親代々からの崇拝の念をいだいていた朱徳は、深い尊敬の情をもって、その人に近づいていったにちがいなかったが、いま、会見以降の汪が見せた無節操と裏切りの15年を振り返ってみたとき、彼は侮蔑の感情をもって振り返るだけだった。汪が何を語ったか、思い出すこともできず、また思い出したくもなかった。

 

 いや、汪精衛は、政治的立場からだけでなく、人間的にも、朱徳にとって不快だった。頭のてっぺんから足の先まで男性的だった朱は、男でも女でもないような連中を尊敬することはできなかった。

 

 「汪を見ていると娼婦を思い出した」と嫌悪感をかくすことなく叫んだ。

 

 「口をきゅっとつめたり、色気たっぷりに手をふって話したりしたので、私は言葉をきくことを忘れて、ただ相手を見つめていることしかできなかった。汪は退廃した封建的文化人がよくやるように、ありとあらゆる優美な手振り身振りをしてみせた、まるで京劇の女形みたいだった。夫人もそこにいた。男じみた女で、大金持ちだった。汪は無一文だった。夫人が金をにぎっていて、金の力で汪を操縦した。いついっしょに寝床にはいるか、いつ起きるかまで、夫人が命令するという噂まであった」