Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

航海途上で見た植民地の姿 『偉大なる道』第4巻②ー1

 南アジアを経たマルセイユへの航海と、後のフランスとドイツでの旅行について語る朱将軍の談話には、観光客じみたところはまったくなかった。私と差し向かいにかけ、頭を垂れ、私たちのあいだにある小卓の端を両手でつかみながら、しばしば彼は、現在の環境をなかば忘れてしまっているようだった。果てしなく広がる大洋がうねり逆まき「無限を走って大地にかみつく」情景を想起したとき、声は畏怖と、かぎりない孤独感をひびかせていた。

 

 まず南洋の各地の港があり、各地域があったが、そこには、何百万の中国人が移民していて、一儲けを目指したり、鉱山や大農園ではたらいたり、そのほか、蒸せかえる炎熱のもとで、白人はおろか原住民すらいやがるような厳しい労働をしていた。それが、かつて彼が楽園のようなものと夢見ていた、イギリスやオランダの植民地だった。友とふたりで、張りきって上陸はするが、何時間かあとにもどってくるときには、やりきれないような絶望感につつまれていた。これらの地域は、なかば中国化した土地だったが、彼の同胞と原住民たちは、彼らがきずいた大建築物、宮殿のような邸宅、橋などのかげで、どん底の貧困の悪臭にまみれて生きていた。

 

 やがて中国人は見えなくなり、寂しさが胸にせまってきた。インドは、暗く、腫れあがり、やせ衰え、大きな眼が苦痛で光り、丘上の宮殿と、しめっぽい路地の汚い貧民窟があった。それからはだかのアフリカの黒人が、白人の御主人のために重荷をあえぎながらかついでいた。エジプトは、冷酷傲慢な豪奢の下で、膿だらけの眼をした骸骨のようだった。