Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

フランスで中国共産党の支部結成 『偉大なる道』第4巻②ー2

 朱徳の声は低く、はるかな想いをひびかせた。

 

 「どこへ行っても、目に入るものは、苦しみの暗黒世界だった。中国は、地上のもっとも悲惨な国ではなく、多くの中のひとつだった。貧しく隷属化された人民の問題は、どこでも同じだった。また、フランスに上陸してみると、ヨーロッパも、想像していたような近代科学の楽園ではないことがわかった。フランスの労働者は、中国より衣食はよかったが、みじめな存在であることに変わらなかったし、フランス政府は、やはり高官どもが売買する市場だった。私たちは、フランスの街を朝から夜中まで歩きまわり、ヨーロッパ大戦の戦場をたずねていった。フランスは勝者ではあったが、人はみな戦争の悲惨についてかたり、身体に障害をおった廃兵や寡婦や孤児が、偉大な過去の残光のなかを、ぼろぼろの影のようにうごめいていた。

 

 「世界再分割のためのヨーロッパ大戦が、3つの王朝をたたきつぶし、勝者にも致命的な痛手をあたえたのを見ても、まだ私は、資本主義は中国をよくするだろうと信じていた」

 

 ふたりが宿をかりた中国人の商人の家で、最近中国人学生の一団が中国共産党支部をつくったという話を耳にした。朱は熱心に主人にたずねた。一団の中心となった組織者は周恩来という名前の学生らしかった。この周恩来と彼の同志であった陳毅、聶栄臻(ジョウエイシン)、李立三、李富春とその夫人蔡暢(サイチョウ)たちは、後日中国の歴史をつくっていった。


 この一団にどうしたら近づけるのかということは、主人にはわからなかった。ただ、だれかが、周恩来はすでにドイツに行き、そこで同じような組織をつくりつつあるといって、ベルリンの居場所を教えてくれた。