Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

ヨーロッパの文明を探求『偉大なる道』第4巻②ー4

 中国共産党のベルリンの仲間は、ほとんど休まず勉学に専念していた。党員たちは、正規の大学での学習のほかに、週に3回夜に討論会をひらいて、中国革命の諸問題をマルクス・レーニン主義に照らして研究し討議した。そうした会合では、朱徳は敬虔な教会員のようにすわっていた。会がおわると、ひとりの若い同志に助けられて研究した。ふたりで、中国語に翻訳されていたマルクス主義の文献――『共産党宣言』や『共産主義のABC』などを読み、討論した。しかし、もっとも多くの時間を、中国共産党が公式の理論機関として中国革命の歴史と諸問題についての研究資料を出版した『嚮導』を読むことについやした。こうした資料の力によって、同志たちは過去の中国の革命の闘争の分析をし、朱徳はおのれの過去と行動を分析した。同時に彼は、ドイツのどこかの大学に入る資格を得るために、ドイツ語の勉強もはじめた。

 

 時は狼の群のように彼を追い立て、彼は、がんこに、けんそんに、容赦なく自己にむちうって勉強しつつ、中国語とはまったく縁もゆかりもないドイツ語の学習が、遅々としてすすまないことに、われながら愛想をつかした。歳をとりすぎているのだ、とか、学校の椅子からはなれて長いからだ、とか、軍人として過ごした時間が長すぎたのだと、自分につぶやいてもみた。なにぶん、肉体的行動になれてしまっていたので、学校生活になれた中国人学生のように、いつまでも本にむかってすわることは、苦しくてしかたがなかった。

 

 本というものは、歴代の英知の結晶ではないとしても、思想の蔵ではある。だが、彼がヨーロッパにきたのは、本の勉強をするためだけではない。ヨーロッパが、中国その他の国々を征服するほど強くなったのは、産業や文化の諸制度をふくめて、その文明によってであり、彼はそれも勉強するためにきたのだ。そのための唯一の道は、外に出て一生懸命見学することだ。