Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

革命生活のために帰国 『偉大なる道』第4巻②ー19

 船がバルト海の波をわけてすすむとき、朱将軍は甲板をあるきながら、この4年間の経験にしめくくりをつけようとした。彼は、1922年に中国を去ったときとは、かなり変化した人間になっていた。中国における反革命運動の爆発をうれえてはいたが、今では、かつて彼をとらえていた悲観と混乱、絶望からは、完全に卒業していた。ドイツについてはいうまでもなく、他の西方諸国についても、交友や勉強によって、多くのことを学んだという自信があった。なによりも、ドイツ在留の中国共産党員との共同の研究によって、過去の中国革命はどうして流産したか、また現在の革命をいかにして救うべきかを知った。革命的知識人階級の、労農大衆との結びつきこそが、未来の中国の勝利への鍵だった。

 

 彼の新知識の根底は、エンゲルスによって定義された歴史進行の大法則であり、それによれば、あらゆる政治的、宗教的、哲学的、そのほか一切のイデオロギーの闘争は、社会階級の闘争の表現だ。「私が、この歴史進行の法則を知ったことは、そのほかの学習や経験と相まって、中国の過去と現在の歴史を理解する鍵をつかんだことになった」と彼はいった。


 朱徳将軍だけでなく、世界のいたるところから中国人が、故国を軍閥帝国主義との桎梏から救う決戦に加わるために、心せきながら、飛び立つように帰国しつつあった。中国の危険状態を思うにつけて、彼は、共産党員であることは仲間以外には秘密になっていて、一般には国民党員としてしか知られていないことをありがたいと思った。広東の革命政権は、軍閥の中でも比較的害の少ない者を、中立化させるか仲間に入れようとしていたので、彼としては、昔の軍人仲間たちのために、何か役に立ってやることもできると思われた。思い出せば、かつては1911年の革命派だった四川の楊森将軍は、1922年に、彼に参謀になってほしい、といったことがあった。今の自分が、中国を洗う新革命の波のなかで、軍事的、政治的に一仕事できないとは、だれもいえないであろう……。それにしても、今度こそは、若かった日におかした、かずかずの過失を避けることができるはずだ。彼はいま40歳だが、いまこれから革命生活が始まるのだ、と感じた。