Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

東四川の軍閥楊森将軍との再会 『偉大なる道』第5巻①ー4

 漢口での使命もやりとげたので、朱将軍はふたたび船に乗り、数日後には東四川の万県に上陸した。楊森将軍の司令部にいき、国民党代表としての信任状を楊に提出した。

 

 「楊は、私を、友人で旧友であるかのように迎えた」と朱将軍はにがい表情をしていった。

「私はどんな幻想も抱いていなかった。相手は軍閥の例にもれず、いちばん多くの金を出す側にくっつく気であり、私が金を持ってきたと思っていたのだ。私を見るやいなや、彼は、自分の軍隊を維持する金が足りなくて困っている、とうったえはじめた。だが、彼の軍隊というのは、東四川の各地に駐屯していて、人頭税でしぼったり、彼の縄張りに入ってくるあらゆる貨物にかける関税でしぼったりしているのだ。それは、当時の軍閥なら、だれでもしたことで、だから、楊はたっぷり金をもうけていた。そこで、揚子江を航行するイギリスやその他の外国船は、治外法権があると主張したので、中国の商人は、関税を避けるために、そういう外国船を利用しはじめた。だが、楊の税関吏は、そういう船に対しても、中国人の積荷には遠慮せず取り調べをした」

 

 楊将軍は、朱徳にむかって、くりかえし何度も「自分は心の底から国民党の義挙に加わりたい」とくどいほど表明したが、「とにかく兵隊に払う給金がほしい」という。「国民党は、いくら出すつもりか? 何しろ……」と楊はあつかましくもいった。「モスクワは、国民党運動に、たっぷり金を注ぎ込んでいるんだろ」と。

 

 朱が「金は持ってきてないし、モスクワも国民党運動に金を注ぎこんではいない」とはっきりいっても、楊は、朱が値切っているのだろう、と思っていた。

 

「ぼくが君のためにいえることは、われわれの側が勝つ、ということであって、もし君が、われわれといっしょにならずに、われわれを相手にたたかうとすれば、君の将来の見込みはない」と朱は相手につげた。