Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

たくましい東江地方の女たち 『偉大なる道』第6巻②ー5

 東江地方に入って、朱徳がまず注目したのは、女の数が非常に多いことであった。農民人口のたっぷり3分の2が女や娘たちで、彼女たちは、男と同じように、部隊へ米をはこび、渡し舟をあやつって部隊を渡河させ、あるいは手に武器をとって部隊と一緒に行軍した。

 

 この現象を説明するために、朱将軍は、中国南部諸州の歴史をふりかえって、こういった。華南の諸省は、「帝国主義諸国の侵略による衝撃を最初にうけていた」しかも、地方軍閥も、官僚も、「虎地主」どもも、これに便乗して、人民の血をしぼりとるのに力をつくした。その結果、数十年間にわたって、大変な数の男性が、生きるために南洋に移住しなければならなくなった。そして女たちだけが残って、故郷をまもっている。たいていの貧しい家は、海外に出稼ぎにでた男たちが送ってくる、月に2,3ドルの金で生計をたてている。だから、東江地方の人口の約3分の2が女になり、これらの女たちは、畑を耕したり、水路の船頭になったり、汕頭その他の港町で沖仲仕をしたりして働いている。女たちは、農民同盟の創設者にもなったし、農民自衛隊に加わって男と肩をならべて戦いもした。男と同じように戦死し、「虎地主」どもが勝利をおさめたときには、彼女たちの首も棒に突きさされて、村々の前でさらされた。

 

 「私が、中国で肉体的に強健で、解放された女たちを目にしたのは、これが最初だった」と朱将軍はかたった。女たちは、生まれたままの足をしており、男と同じようにはだしで、頑丈で、なんでもやれた。女たちは、あらゆる種類の責任を負わされていたので、父親、夫、姻戚などの昔からの圧制から解放されていた。それにもかかわらず、女たちは、出稼ぎにでた男たちを慕い、たくさんの恋慕の歌をつくっていた。