Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

紅軍の生命線、政治部 『偉大なる道』第6巻⑤ー6

 彼がいうには、軍の再編成にさいして、朱徳が総司令官に、毛沢東が政治委員に選ばれた。毛沢東は、紅軍と大衆のあらゆる党活動と、部隊内のすべての政治教育工作を指導した。政治部こそ、軍閥への堕落を阻止する「紅軍の生命線」だった。朱徳は、政治部の目的は、「国の解放とわが人民の解放に献身する、教育をうけた、意識の高い、鉄のようにきたえられた、革命軍をつくることだ」と説明した。その後の発展とくらべてみれば、当時の政治工作は、きわめて初歩的ではあったが、もっとも困難な条件のもとでも、各部隊は、革命の歴史、中国に対する諸外国の侵略の歴史、大衆指導と組織化の方法について教えられていた。兵士たちは、また、敵に対する宣伝のしかた、歌をうたうこと、演説しかたまで教えられていた。

 革命軍全体のなかでは、旧「鉄軍」の古参兵と、水口山の鉱夫たちが、もっとも進歩がはやく訓練されていて、警戒心もつよく、政治的にすすんでいた。だが、農民の諸部隊は、なんでも手軽にかたづけた。たとえば、「作戦の最中でさえ、ちょっと道ばたにたちどまって、炊事をし、食事をするという調子だった」農民部隊の能力をあげるために、朱徳は、水口山の鉱夫たちを、軍事的政治的指導者として農民諸部隊のあいだに配属し、かつ、5,6百人の農民の「蜂起指導者」を特別訓練隊にいれた。