Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

民主主義をめざす紅軍 『偉大なる道』第6巻⑥ー8

 しかし、紅軍が発展させたもっとも強力な教育方法であり、紅軍が成立して以来、一貫して実践してきたもののひとつは、これまでの戦闘や作戦を分析する会議をひらくことであった。こういう会議には、朱将軍や毛沢東をふくめて、指揮官や兵士も全員が参加した。ここでは一切の階級はなくなり、みなが自由にしゃべる権利をもっていた。戦闘や作戦の計画が討議されたり、必要な場合には、批判されたりもした。それだけでなく、指揮官であろうと兵士であろうと、彼らの個人的行動も批判の対象になった。もちろん、批判されたものは、内容が正しくないと思うならば、それに対して弁明することができた。しかし、非難が正しいと証明されたときには、批判されたものは、そのあとで、紅軍司令部から懲戒処分をうけた。

 

 朱将軍は、このような会議をきわめて重視していた。会議は、できるかぎりの方法で人びとを進歩させたし、紅軍を民主主義的にもしてくれたと彼はいった。こういうやり方によって、――と彼はつづけた――戦闘でその任務の遂行に失敗したものや、紅軍の民主主義的規律をおかしたものは、階級をさげられ、再教育されたし、また一方、すぐれた知恵やひいでた勇気をしめしたものは昇進した。同時に、はっきりものをいうことができなかった農民兵も、軍事や、政治、あるいは人間的諸問題について自分で考え、自分の意見をのべることを学んだ。また農民兵は、古い封建的軍閥軍とは反対に、民主主義的軍隊の性格を学び、慎重さと責任を学び、人間として、また、革命軍の責任ある一員として、自己の価値を尊重することを学んだ。

 

 こういう会議ではまた、新たな戦闘や作戦の計画が、紅軍の討議の議題として提出された。朱徳はいつも、こういう会議に参加した下級兵士たちがもちだす質問や思想に、深い感銘を受けた。

 

 「わが軍の将兵は、戦闘のさなかには命令に従わなければならないが、国民党軍の兵士のように、命令の意味を理解せずに、ただ命令を受けとってしたがうということは、われわれののぞむところではない。われわれは、人民革命軍であり、未来を建設しているものだからだ」