Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

寧都で毛沢東と合流 『偉大なる道』第7巻①ー17

 「さあ、きけ!」と朱徳はこの小男にむかっていった。「われわれは、おまえを銃殺の刑にするのが当然なんだが、もし、われわれの命令に服従するなら、そうはしない。石城のおまえの家には、たくさんの小銃、機関銃、弾薬箱があるし、農民からまきあげた莫大な米もある。おまえはまた、兵士たちに5ヵ月間も給料を払っておらん――それどころか、その金をかくして貯金してる。そういう銃砲、弾薬と、金と米の全部をここへもってきて、われわれに引き渡せ。さらにもうひとつ、つけ加える。われわれは、おまえに、薬品名を書いた一覧表を渡すが、これだけの薬を、上海かどこかの大都市で買い入れてくるんだ。これらの品物が全部、われわれの手に入るまでは、おまえを捕虜としてとめておくことにする。全部すんだら、かならず釈放してやる」この「小亀」――紅軍の兵士たちは、レイ大佐にこういうあだ名をつけていた――は手紙を書き、それを彼の部下のひとりが石城の家族のもとへとどけた。2,3日すると、本妻が薬品をのぞいて要求したものを全部、一隊の苦力にかつがせ、自分は椅子かごに乗って、寧都へやってきた。彼女は、その夜を夫とともにすごした。ところが、朱徳の司令部つきの将兵たちのなかには、彼女は夫といっしょに寝ないで、彼が捕虜になって家族に大変な負担をかけたといって、さんざんひっぱたくだろうということに、くだらない賭けをしたものだった。ともかく、彼らのいうところでは、いったいどうしてあの細君が、あんな男を見受けしたがるのか、そのわけがどうしてもわからない。


 3ヵ月後、紅軍が福建省で作戦を展開していたときに、レイ大佐の家族は、ついに要求されていた薬品類をもってきた。朱徳将軍は、それまでレイ大佐を捕虜として連れて歩いていたが、ついに約束の全部が果たされたので、安全通行証をあたえて釈放した。そのとき朱徳は冷やかな言葉でこう注意した。――「今度つかまえたら、こう簡単にはすまさんぞ!」


 寧都を占領して、2,3日たったころ、毛沢東が山をくだって、西の方からやってきた。毛沢東は、山地での使命を達成したので、寧都県の政治工作を担当することになった。朱将軍は、町の城壁の上から思い切り絶叫されたスローガンを思い出した。「土地を没収して、分配しろ! ……8時間労働制! ……賃金を上げろ! ……男女の同権! ……同一労働には同一賃金を! ……人民よ武器をとれ! ……文盲をなくせ! ……アヘンを絶滅せよ! ……外国帝国主義の走狗、国民党を打倒しろ!」