Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

捕虜になった張将軍 『偉大なる道』第8巻①ー6

 午前中に第十八師団の千名が殺され、9千名が捕虜となり武装解除された。張将軍と彼の参謀以下すべての士官がその捕虜の中にふくまれていた。鹵獲(ろかく)品は、小銃8千、そのほか、軽、重機関銃、追撃砲その他の小野戦砲、第十八師団の精密な無電機――技術者づき――、それから、野戦用電話、医療品、馬、大量の食糧などだった。そのうえ敵三個師団の軍資金も手に入った。

 

 「われわれはただちに、捕虜兵の大会をひらいた」と朱将軍はいった。「そこで彼らに、われわれはどういう目的で戦うかということを話し、もし戦いたいならばこちらに加わるようにと勧誘した。3千人が加わり、ほかのものには、一人3元ずつあたえて、家にかえらせた」

 

 もちろん、敵の方がすぐれた火力と軍需品を持っていたのだが、「わが軍は、信念と士気と機動力において勝っていた」そのことが、この迅速で決定的な勝利、およびそれにすぐにつづいた全敵軍の崩壊の原因だった、と朱将軍は説明した。不意打ちだった、ということで説明しきれるものではなかった、というのは、戦いは2ヵ月以上もつづいていたので、第十八師団も、何らかの攻撃を受けることは予期していたからであった。

 

 そのうえ、その「白軍」――朱将軍は、紅軍や人民たちとともに、国民党軍をそう呼んだ――は、ソビエト地区に入っていたので、そこの全人民は、彼らを不具戴天の敵としていたと彼はつけ加えた。勝利のもうひとつの原因は、心理的なものもあって――「敵は、われわれが匪賊だという味方の宣伝を信じ、匪賊ならば、わけなく叩きつぶせる、と思っていた」