Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

大平軍のたどった道をゆく紅軍 『偉大なる道』第9巻②ー1

 はるかかなた、西康省の怪奇な山々や原始林の中で演じられた偉大な史劇のことを想像してみてほしい。

 

 今は6万か7万になった紅軍――損害も大きかったし、たくさんのパルチザン隊を途中に残してきたからだが――はロロ族の未開の勢力地域を北に進んでいた。朱徳は1922年にこの道を知った。4万の太平軍も、ちょうど72年前、この同じ道を一本の木も一つの草も一滴の水もないおそろしい「火の山」へとたどっていった。「薫(トウ)おじさん」と呼ばれる薫必武は、紅軍の中で大きくなる兵士の子ども「小鬼」たちを元気づけようと、孫悟空の昔物語をしてやる。お猿の孫悟空はインドへお経をさがしにゆく途中、この同じ火の山を通った。ところが山があまりにも熱いので、お尻の毛がみんな焼けてしまって……それで今でも猿のお尻に毛がないわけだ。小鬼たちは大笑いしながらたずねる。「それがほんとなら、おじさんの長い髭はどうして焼けてないの?」おじさんは焦点をずらして答える――「そうだ、お猿でさえ荒れ果てた山を通っていって、そのあと幸せになったんだから、おれたちも怖がることはないぞ!」

 

 渇ききった紅軍は、米とさとうきびの畑の高台にかこまれた小さな部落の中で、ついに水を見つけた。別の高台のすそには、きらきら光って、小川が流れていた。夜になると彼らは「あわい月の光の中をゆきながら」小川で水を浴び、やわらかな砂に毛布を広げて、「月をふりあおぎながら、よもやま話にふけった」ある時は紅軍は、川の両岸でかがり火をたき、小舟で部隊をわたした。紅軍の連中は気どり屋ではないから、大きな深い川に橋を掛けそこなった工兵を「でくのぼう」などとひやかした。