Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

万年雪におおわれた來金山 『偉大なる道』第9巻③ー3

 朱将軍は、この時忙しくして、私に当時の話をする暇をつくれなくなったので、事情に詳しい人びとを紹介してくれた上、彼自身が書いた大切な文書類を貸してくれた。


 私に話してくれたひとりの政治工作員は、一番苦しかった山越えはクーチョウだったと語った。それはたいして高い山ではなかったが、陽の光がまったくささないくらい鬱蒼たる森林におおわれていた。部隊はどしゃ降りの中で腰まで泥につかり、木の枝につかまりながらよじ登った。

 

 「その次にひどかったのは來金山だった。こっちの方が一番ひどかったという同志も多い。すでにいくつも山を越えていたので、そこへ来た時は、みな疲れていた。山越えにかかる前に、朱将軍は、全部隊を巡察して、靴を調べたり、背負袋の重さをたしかめたり、みなの健康状態をたずねたりした。衛生隊には、最後尾にまわって疲労や老齢のために落伍する者の面倒をみるように指示した。そして全力を傾けるようにわれわれを激励した。

 

 「來金山は万年雪におおわれている。渓間には大きな氷河があって、見わたすかぎり白一色の物音ひとつしない静寂そのものの世界だ。われわれは重い10日分の食糧燃料をかついでいた。食糧は、買えるかぎりのものを集めたが、とうもろこしが主で、他に少しばかりのそばと胡椒があった。それを長い布の袋につめて肩に背負った。朱将軍も、みなと同じように食糧を背負っていた。彼は馬をもっていたが、負傷兵や病気の兵士にまわしていた。

 

 「もし米が買えていたら、あんなに苦しまなくてもよかったし、たくさんの人命を失わなくてもよかっただろう。食事が米からとうもろこしに変わったため、人々は下痢や胃腸障害にかかった。とうもろこしは身体の中をただ素通りするだけで、全然消化されなかった。もうひとつの苦しみは、しらみだった。住民の小屋に泊まると、土間から出てきてとりついた。だれもみな、しらみがいて、しきりにとっていた。」