Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

敵の将兵を抗日戦へ 『偉大なる道』第9巻③ー13

 四川の将軍たちが「日本帝国主義の露はらい」の道を選んだことは、歴史からみてもはっきりしているし、朱徳が楊森将軍の部隊と西康省ティエンフとミンヤーで2回の交戦のあとに書いた論文からも明らかだ。この戦闘中に多数の四川兵が紅軍に寝がえった。

 

 この論文では、捕虜の取り扱いと教育についても、多くのページをさいて、こんなふうに書いている。武装を解除してから捕虜を将校と兵士との集団に分け、別々の宿舎に入れる。兵士には「良好な取りあつかいをなすべきで、将校は監視下におく」兵士はふるいにかけて、意識の高い方の連中には紅軍に参加するようにすすめる。兵士の取りあつかいは次のようにすべきだ――

 

 「まずはじめに兵士をくつろがせてから、出身はどこで、兵隊になる前には何をしていたかをたずねる。それから蒋介石のために戦ってどんな報酬があるかをきく――負傷したらどう報いられるのか、死んだら家族はどう報いられるのか、死傷しない者はどんな報酬を与えられるのか。どの問いに対する答えも『何もない』というだろうが、次々に問いたださなければならない。次に兵隊ひとりひとりの家庭の状況を詳しく聴取する。そのあと、それらの事実を使って、だれが彼の味方で、だれが敵であるかを説明してやる。そうして階級意識も持つようになってから、われわれの政策と行動を国民党のものと比較し、国民党と共産党の方針と行動を比較してきかせる、――どちらの党、どちらの軍が労働者農民の利益を代表し、どちらが地主と資本家の利益を代表しているか、どちらが兵隊を教育、啓蒙し、どちらが兵隊を無知のまま放っておくか、どちらが日本帝国主義を支持し、どちらが反対しているか。