Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

朱徳がすごした西康省の厳しい環境 『偉大なる道』第9巻③ー15

 朱将軍が抑圧を受けた状態で1年を過ごした西康省の状態がどのようなものだったかは、彼の参謀のひとりから聞いた出来事からも想像できる――


 「紅軍には、あらゆる職種をふくむ労働者農民がいたから、ヤク、羊、山羊などの毛をつむいで織って制服を作ったり、毛皮の外套や靴を作ったりした。非常に標高が高く空気が希薄だったので、湯を沸かすには1時間もかかった。燃料がかさむので、食事はいつも半煮えだった。……ある戦闘が終わった後、私は朱徳について部隊といっしょに山道を行軍していた。われわれは部族民が住居に使う黒い天幕の一群にさしかかった。漢人部隊が近づくといつもそうであるように、たちまち彼らはあらゆる食べ物を持って逃げていった。われわれがひとつの天幕に入ってみると、部隊の前方に派遣されていた15人の兵士を見つけた。彼らは冷えた灰の塊を囲んで地面にあぐらをかいて座っていた。われわれが呼びかけても答えはなかった。彼らは頭をたれて彫像のように座ったままだった。近づいてさわってみた。凍死していた。銃や背負袋は部族民に奪われていた。別の天幕では、5人がやはり冷えた灰の塊をかこんで、背中に一発ずつ撃ち込まれたまま凍死していた」