Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

紅軍、抗日民族統一戦線を希求 『偉大なる道』第9巻④ー11

 10月26日シャオ・ホ・チェンで、この地方にいる全紅軍の大集会がもたれた。林彪やその他の指導者が立って、西北の情勢、紅軍と白軍の配置、日本軍の綏遠侵入などについて詳しく報告した。蒋介石は、胡宗南と王均がひきいる十個師団を甘粛省に送って紅軍と戦っていた。

 

 紅軍は数ヵ月来これらの師団にむかって、抗日戦線の統一を呼びかけていた。「青年元帥」張学良は、蒋介石の厳命によって、引きつづき部下の東北軍に紅軍との戦闘を命じていたが、逆に紅軍に加わる部隊も多くあった。紅軍には、全員元東北軍騎兵から編成された騎兵師団さえあった。

 

 毛沢東は、すでに10月20日には命令を出して、自衛のためやむを得ない場合のほか、国民党部隊との戦闘をやめ、もっぱら宣伝を強化するよう、紅軍に伝えていた。また、東北軍を紅軍に編入することも、これ以上やらないように命じた。10月27日には、紅軍はいたるところに統一戦線のビラを貼ったうえで、敵軍の前面から撤退し始めた。胡宗南将軍は、これに対して、兵力を増強して押していった。ジョージ・ヘイテムの日記は、それに続く事態の経過をありありと伝えている――

 

 「10月29日。胡宗南軍の四個師団が、われわれを包囲しようとしている、というニュース。われわれは、敵の正確な位置と計画を知っている。……本日、胡軍騎兵指揮官のひとりが、わが司令部に来て、明朝11時基地で紅軍を攻撃せよという命令をうけた、とつたえた。胡将軍は飛行機に搭乗して、白軍を監視するので、私自身も見せかけの戦闘をせねばならない、と彼はいい、われわれが、攻撃開始5時間前の午前6時に、彼の地区を通過するようにと助言した。このためわれわれは計画を変更して、日中の急行軍を開始した。敵機がわれわれを発見して爆撃を始め、多くの小さな集落を破壊した。